Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

平成25年度設置計画履行状況等調査の結果に思う〜リメディアルからサプリメンタル・インストラクションへの転換

high190です。
2月12日に平成25年度の設置計画履行状況等調査の結果が公表されました。*1この調査結果には私自身が設置関係業務に携わっていたこともあって、毎年目を通しているのですが、*2今年の結果をざっと眺めてみたところ、例年と比べても留意事項が厳しく付されているように感じました。一昨年に公表された大学改革実行プランにおいても、大学の質保証の徹底推進が表明されていますが、大学設置基準の大綱化以後、規制緩和路線だった高等教育政策からの転換を感じさせる結果だったかと思います。個別の大学の留意事項がどのように付されているかは報告書をご覧いただくと分かりますが、その中でも特に世間の注目を集めた指摘がありました。


文部科学省は12日、新設の大学や学部などの運営状況を調べた2013年度の調査結果を発表した。
中学校レベルの英語の授業で単位認定を行っていたり、教員数が大学設置基準を満たしていなかったりした266校に改善を要求した。
調査は、卒業生がまだ出ていない新設の大学や短大、大学院を中心に、全国528校が対象。学生数が定員と大幅に異なったり、定年に達した教員を雇い続けたりする事例が目立ったほか、ヤマザキ学園大(東京都)では、必修科目の英語で、be動詞の使い方などを教える授業が行われており、同省は大学教育にふさわしい水準に改めるよう求めた。
仙台青葉学院短大(仙台市)では、新設の学科で専任教員の7割以上が大卒や専門学校卒の資格しかなく、教育を行う体制が不十分とされた。聖隷クリストファー大(浜松市)では、新設の学科で大学設置基準上8人必要な専任教員が、調査時に6人しかいなかった。中部大(愛知県)の新設学科でも、設置基準上、教授4人が必要だが、2人しかいない時期があり、現在も3人にとどまっている。

アルファベットやbe動詞を大学教育で取り扱うことは相応しくない・・・この一文を読んで過去に書いたある記事のことを思い出しました。私は2011年に千葉県にある日本橋学館大学シラバス内容がWEB上で話題になった際、大学の機能分化の観点から私見を述べた記事を書いています。*3この時には「大学は高等教育機関として社会に接する「最後の砦」である」との日本橋学館大学の学長コメントを引きつつ、自学のミッションに基づいた教育を行うことの重要性を述べましたが、そのことについては今も考えは変わっていません。
今回の設置計画履行状況等調査による指摘も、ある種同様の感想を抱いたところです。そして、大学でリメディアル教育を取り扱う授業のレベルが低いか否かを論じた大学教員の方のブログ記事があります。こちらを読まれると内容が整理できると思いますので、ご紹介します。


そういう高校までの知識を再習得させる授業のことは「リメディアル」と言われます。実際に、多くの大学でリメディアル授業が行われています。ただし、本来、リメディアル授業では単位を出すことは認められていません。リメディアル授業に単位を出している大学は、これまた別の問題です。
話を戻すと、多くの大学で、リメディアル的な授業から始めることは、現実的には必要なことです。目の前の学生をみれば、そういう授業からはじめなければいけないのです。ただ、問題は、多くの授業の場合、そのレベルで終わってしまっていることなのです。
文章表現科目であれば、リメディアルからはじまり、大学で求められる文章力まで一気に力を引き上げる授業でなくてはいけません。英語であれば、be動詞からはじまって、動詞と格の関係について理解させ、そこから大学生として必要な英文読解、英作文能力を付けさせる授業でなければいけません。
そんなことは無理だろうって? いや、18歳から22歳の発達可能性の大きさときたら、とてつもないものがあります。学生の成長能力の高さに、僕はいつも驚嘆しています。学生の現状レベルではなく、成長レベルに合わせれば、それくらいの授業は十分できるはずなのです。
いや、もっと言えば、大学の教員であればなおさらできるはずなのです。なにせその分野の専門家なんですから。中・高の先生が知らないその分野の本質的な知識を持っているわけですから、今まで英語について何も理解できなかった新入生が「そうか、そういうことか。そんなことは今まで教わってなかった」と目を見開くくらいの授業が出来るはずなのです。
したがって、繰り返しますが、問題は、大学の授業で初等・中等レベルの内容を行っていることではありません。あるいは、そういう授業内容を必要とする低学力学生がたくさんいることが問題なのではありません。問題は、授業がそのレベルで終わってしまう大学教員の力量にあるのです。
抽象論でこういうことを言っているのではありません。実際に我々は、文章表現科目であれば、初等・中等レベルから授業をはじめ、1年の終わりには、立派な課題解決型文章を書かせる授業を展開しています。そういうことに取り組んでいる大学教員は、実際に日本でたくさんいるのです。

上記記事の指摘にあるように、個々の教員の力量が授業のレベルに与える影響は非常に大きいと思われます。よって個々の教員の授業方法等の力量を付けるためにもFD(Faculty Development)が必要なのですが、もうひとつの考え方としてご紹介したいのが「サプリメンタル・インストラクション」という考え方です。これはアメリカで考案された新しい学習支援に関するプログラムです。


私たちが取り組むべき課題は、学生の「不足を埋める」ために教員が努力するのではなく、学生が「大学で成功する」ことをゴールに定めて視点を転換し、学生に努力をさせることだと言えます。リメディアルでは、ここをうまく解決することができませんでした。この転換を見事に成し遂げたのが、アメリカで考案されたサプリメンタル・インストラクション(Supplemental Instruction)という画期的なプログラムです。サプリメンタル・インストラクション(以下「SI」)は、難度が高く、D(不十分)かF(不合格)の成績を取る受講者が30%以上である授業科目に的を絞った、「学生主導の課外学習支援プログラム」です。

(中略)

SIには専門職員(多くの場合教育学や心理学で修士号を持つ専門家)であるコーディネーターがおり、IR(インスティテューショナル・リサーチ)や各学部の基礎科目部門等と連携をとって、ハイリスクな授業を抽出していきます。不合格者が多いが必修である数学や物理、化学や歴史など、また時には英語が、多くの大学でSIの対象になっています。前年度までにそれらの授業で優秀な成績をとった学生が、トレーニングを受けて指導員として入ることで、授業外学習セッションが運営されていくのです。
リメディアルで扱われてきた内容は、それぞれの授業で必要になった時点で、その関連性の中でSIセッションにおいて学習されるようにデザインされています。従って、それは(やっていることはリメディアルなのですが)学生に「リメディアル」として認識されることなく、「問題解決」かつ「成功体験」として経験されるという筋書きになっているというわけなのです。
SIがアメリカで近年拡大傾向にある理由は、個人を対象とせず、グループを対象とすることで、「リメディアル」の負のイメージが払しょくされるだけでなく、コストも比較的少なくて済むからです。正規の授業において学生が単位をよりよい成績で取るよう、学生に努力をしようと思わせ、その努力の場を提供することで、高いハードルを結果的に越えることが出来るように仕掛けられているのです。
SIは必修でも強制参加でもありません。誰もが参加するのが望ましい、かつ、参加すれば成績が上がる活動である、と提示するようになってからは、成績の良い学生によるモデル効果や学生間の協力などが働いて、参加者が増え、SIに参加した学生の成績は(統計的に有意に)上がるようになったのです。

このプログラムを機能させるためには、運営上の課題と、達成目標とその伝達・共有の課題を解決しなければなりません。専門職員のポストが構造上設置しにくい日本の大学では、特に支援・運営体制の構築は難しいでしょう。またチームで取り組むには、コミュニケーションの労をとるかどうかが成功に結び付くと思われますが、こういった仕事は面倒くさく、時間と労力がかかるものです。学生が勉強するようになっても、教員の仕事量は結局のところ減らないのかもしれません。しかし近年、日本の学習支援体制は間違いなくこの方向に向かっており、成果の見える新しい教職協働が根付く希望が出てきました。

私が「サプリメンタル・インストラクション」という聞きなれない言葉を初めて耳にしたのは、昨年6月に行われた第35回大学教育学会大会にて参加した自由研究発表Ⅰ「主体的学習の支援」でのことです。「学習成果に結びつく学習支援のあり方:教室内外の学習活動の統合を目指して」と題したセッションで、日本ではまだ紹介されていない考え方との説明があったために興味を持ったのが最初でした。改めて当時のメモを読み返してみると、日本でも似たような取り組み事例が3つほど挙げられていましたので、あわせてご紹介します。*4 *5 *6また、アメリカの事例としてミズーリ州立大学カンザスシティ校のサプリメンタル・インストラクション国際センターのこともあわせてお知らせしておきます。*7概要を知るには以下のYouTubeの動画も分かりやすくて良いかと思います。

このように、コースで必要が生じた度に授業外で学習支援を行うという考え方は、今まで一般的に捉えられてきたリメディアル教育=補習授業という考え方ではなく、あくまでも通常受講する授業(かつ難易度の高いもの)の理解を助けるために都度行うということ、問題解決・成功体験として学生に経験されるという設計の点が大きく異なっているのではないかと思います。またグループを対象とする点も非常に興味深いです。
SIプログラムの運用に関しても専門職員とIRerが連携しながら、先輩学生を指導員に組み込む教職学協働型で運営されている点で、日本での導入が難しいとの指摘もあります。確かに専門職員の位置づけや育成に対する考え方がまだ途上の日本において、すぐにアメリカのような取り組みに持っていくことは難しいかも知れません。ただ、このような考え方を知り、自学の大学教育の質的転換を果たすための調査研究を重ねることは無駄ではないはずです。大学教育の質を担保するためには、絶えず検証を行いながら、先行事例から学べる点があるかどうかを調べていく必要があると思います。その点でも、サプリメンタル・インストラクションがもっと多くの人に知られていくことを願っていますし、大学教育に関わる一職員として私も引き続き情報収集に努めていきたいと思います。

*1:設置計画履行状況等調査の結果等について(平成25年度) http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/02/1344114.htm

*2:文部科学省が平成22年度の設置計画履行状況調査の結果を発表 http://d.hatena.ne.jp/high190/20110208

*3:アルファベットから始める大学は、大学としての機能を失っているのか?大学の機能分化についての私見 http://d.hatena.ne.jp/high190/20111018

*4:授業外支援での授業連携(信州大学) https://soar-ir.shinshu-u.ac.jp/dspace/bitstream/10091/16219/1/library2_125.pdf

*5:学生主導のライティング指導の取り組み(熊本大学) http://www.kumamoto-u.ac.jp/daigakuseikatsu/kyoumu/news/20120928

*6:緻密にデザインされたラーニングコモンズ(三重大学http://www.mslis.jp/am2012yoko/07_mine.pdf

*7:The International Center for Supplemental Instruction http://www.umkc.edu/asm/si/index.shtml