Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

「新たな時代を見据えた質保証システムの改善・充実について(審議まとめ)(素案)」から見る論点

high190です。ご無沙汰しています。
約1年振りに記事を書きます。中央教育審議会大学分科会質保証システム部会で議論されている表題の件、審議まとめの素案が公表されました。

www.mext.go.jp

このことについて他の大学職員ブロガーが早速記事を書かれていたので、触発されて書くことにしました。

www.daigaku23.com

現行制度の問題点や改善の方向性が示されています。以下はざっと読んだ感想です。

「既存制度の周知や大学現場での効果的な運用」は良い方向性

大学設置認可でも「何故認可申請をするのか」「認可と届出の違いは何か」をトップマネジメント層が理解していない状況に遭遇することは多いです。こういった点を改善することは重要だと思います。個人的には学長向けの研修*1 *2を行うなら、こうしたテーマに取り組むべきだと考えています。
文科省も「相談しやすくなる体制の充実」を挙げているので、開示する情報の充実(大学設置室HPは見やすいとは言えない)、設置認可のチャットボット開発などを検討してもらいたいです。

「遠隔教育の普及・進展」をチャンスと捉える

4ページに以下の言及があります(赤字強調箇所は筆者による)。この辺りが次の高等教育政策の政策目標に掲げられてくる可能性がありますね。

遠隔教育の取組はまだ試行錯誤をしながら改善を図っていく段階にある。学修者本位の観点から遠隔教育の取組を充実させていくためには、安全で快適な通信環境の整備や技術的な支援体制の構築も重要となる。また各大学のディプロマ・ポリシーを達成するための教育方法としてカリキュラム・ポリシーに遠隔教育が適切に位置づけられ、面接授業と遠隔授業の双方の良さを生かした教育が提供されることが求められる。このことを踏まえれば、今後、大学における先進的・先導的な取組が積極的に行われ、その実践の検証や評価を通じて、遠隔教育がどのような授業に適しているのか、面接授業との効果的な組み合わせ方はどのようなものか、遠隔教育を効果的に行う上でどのような指導体制の整備サポートスタッフの配置が必要となるのかなどについて、知見を蓄積していくことが求められているといえよう。

「3つのポリシー」は実質化しているのか。

7〜8ページに以下の記述があります。3つのポリシーを中心とした教学マネジメントの重要性は「教学マネジメント指針」にまとめられています。

教学マネジメントが適切に行われており、学生が入学時から実際に3つのポリシーに沿ったカリキュラムで学ぶことができるように設計されていることが必要である。その際、学内に3つのポリシーに基づいた教育が行われていることを確認するための自己点検・評価の仕組みが学位プログラム単位で整備されており、学生や社会の声を反映しつつ不断の見直しが行われていることが重要である。

「ポリシーが策定されたことでカリキュラムは変わったのか?」という問いは重要だと思います。シラバスレベルでの科目間の整合性、それによってカリキュラムが成り立つこと、これまでの大学教育でそのことを意識するのは設置認可時のみ*3という鈴木克明先生の指摘は興味深いと思いました。
www.ihe.tohoku.ac.jp

インストラクショナル・デザイン(ID)を活用した大学教育の抜本的な「革新」を指向する試み

質保証システムの改善と並行して、コロナ禍を起点としたオンライン教育の充実化を図っていくことが必要です。そのために取りうる方法としてどのようなものがあるのか。こうした部分での先行研究に当たっておくことが重要です。

IDの理論家として数多い業績を残しているチャーリー・ライゲルースは、最新書(Reigeluth et al,2017)のID研究テーマとして学習者中心パラダイムへの変革を取り上げた.工業社会向けの選抜機能中心に設計されている学校を情報社会向けの誰もが自分の才能を開花させることができる機関へと再設計することが必要であり,そのためにIDの資産を役立てることができると述べている.
学習者中心パラダイム教育機関は,学習時間に基づく進行ではなく達成基準型であり,学問体系中心ではなく課題解決中心であり,全員が同じことを同じ方法で学ぶのではなく学習者個々のニーズに応じて課題・目標・方法がカスタマイズ可能であるとする.また,教員の役割は情報の提供者からゴール設定・進捗・評価の支援者に代わり,学習者の役割もより活動的で自己主導的で互いに教えあう役割をも引き受けるようになる.テクノロジーの果たす役割はますます重要になり,学習記録・計画立案・学習指示・学習評価などを担うようになるとしている.
教授・学習過程の革新は,時代の変化に対応するだけでなく,新しい時代を切り開く次世代を養成する高等教育機関に求められている使命である.小手先の「改善」にとどまらない大学教育の抜本的な「革新」を指向する試みにIDの知見が活かされることを期待して,本稿の結びとしたい.

鈴木克明先生は日本におけるインストラクショナル・デザイン(ID)研究の第一人者ですが、実際に熊本大学大学院教授システム学専攻の取り組みは革新的なものが多いです。例えば「ストーリー中心型カリキュラム」の導入はまさにその典型例と言えます。詳細は以下の書籍と東北大学でのセミナー動画から確認できます。コロナ禍後にはNIIの「大学等におけるオンライン教育とデジタル変革に関するサイバーシンポジウム」でも発表されています。

www.ihe.tohoku.ac.jp

edx.nii.ac.jp

edx.nii.ac.jp

質保証システムの改善・充実の素案を読んで、改善の方向に向かっていることは分かりつつ、現状の延長線上に過ぎないのも事実です。大学教育の革新を担える大学が日本にもっと増えて、その手段の一つとしてIDがもっと活用される方向に向かえばいいと思っています。

*1:東京大学大学経営・政策コース http://ump.p.u-tokyo.ac.jp/news/2021-3.html

*2:大学基準協会 https://www.juaa.or.jp/president_seminar/

*3:教育課程等の概要、授業科目の概要、シラバス、教員名簿〔教員の氏名等〕など、申請者による整合性チェック。認可申請書に対しての大学設置・学校法人審議会でのピア・レビューのサイクル。