high190です。
最近はアフターコロナになって人と会う機会が増えたように感じます。よく知る人との再会を喜び、語り合う中で人間は社会的な動物なのだなと改めて感じているところです。
さて、久しぶりのブログ更新です。少し前ですがとても面白く読んだ論稿がありました。株式会社立大学のデジタルハリウッド大学の創立から関わった方が、振り返りを含めて書かれたものです。大学設置認可制度に関わる者として、非常に興味深く読むとともに、「大学」に勤める人にとって「社会」とのギャップを認識する上で有用なのではないかと思い、ブログに書いてみようと思います。
ここでは筆者の関心に沿って大学設置認可制度、認証評価等に関わる部分を中心に取り上げます。
3.1 株式会社のまま大学を設立
杉山学長はもともと、デジタルハリウッド創設時に大学院大学を作ろうと考えていた。しかし当時は大学を設立するには法人格を学校法人にする必要があり、経営要件が厳しかったことから大学院大学は見送り、専門スクールからスタートすることになったのである。
2002年に小泉政権により構造改革特区制度(以下特区制度)が創設された。特区制度とは、法律で規制されている要件について自治体ごとに緩和し、その緩和が地域を活性化させるものであれば全国に拡大されるというものである。杉山学長と当時の藤本社長はこの制度を利用し、デジタルハリウッド設立10年目の2004年2月に、株式会社のままデジタルハリウッド大学院大学を設立し、デジタルコンテンツ研究科を開設した。その翌年の2005年4月にはデジタルコミュニケーション学部を開設し、それを機に名称が「デジタルハリウッド大学」となった。特区制度を活用し、株式会社が大学を設立できるという緩和以外に、校地・校舎の自己所有の緩和や、校地面積の引き下げ、運動場や空地は代替措置とする緩和の適用を受けて開設した。3.2 最初のカルチャーショック
大学設置認可申請を通して、カルチャーショックとも言える経験にいくつか遭遇した。
まずは説明の仕方についてである。プレゼンテーションしてなんぼであったベンチャー企業としては、Word の書式に文章だけで全てを表現しなければならないこと*1が、思いのほか難儀であった。そもそもデジタルコミュニケーションの説明が難しい。また、大学という高等教育機関になることで、自分たちのやろうとしていることが、産業界だけではなく社会に対してどのように良い影響を与え得るのか、意志はあってもアカデミアに説明した経験はなく、言葉を編むのに苦労した。
次に印象的だったのが、他大学の教員による審査である。大学の設置審査は、大学設置・学校法人審議会(以下大学設置審議会)という主に他大学の教員で構成された委員会で審査される。委員は日本の高等教育を守ってきた重鎮らで構成されており、批判的なやりとりが多く、我々のロジックとは明らかに正反対であるように思えた。*2
今にして思うと、正しい知を発見し蓄積することが使命であるアカデミアが、その精度を上げるためにクリティカルな指摘をしてくる習性があるのは当然であったが、当時はなぜそこまで敵対視されるのかが全く分からず、ベンチャー企業の文化との間に大きな乖離を感じていた。
一方で、我々がアカデミックな世界の考え方やお作法について無知である自覚はあったことから、数々の指摘も天の声と思って受け入れ、デジタルハリウッドの思想を逸脱しない限り対応した。郷に入っては郷に従えである。この姿勢は今でも変わっていない。ちなみにデジタルハリウッド大学というカタカナの名称も変更するよう助言があったが、そこは断固として譲らなかった。3.3 社会と向き合うということ
学部の設置審査は、大学院単体の審査より要件が多く、それらをクリアするのに苦労したが、書面審査、面接審査、実地調査を経て、2004年 11月に無事に認可されることとなった。認可の際は、その後の改善要求が留意事項として付される。デジタルハリウッド大学の留意事項は、大項目が 9つ、小項目で数えると22個も付されており、他の認可校と比べて一段と目立っていた。留意事項は文部科学省のホームページに公表され、解消されるまで毎年文部科学省の細かなチェックが入る。前途多難な出発であった。*3(中略)
3.4.5 文部科学省
大学を開設したことで、官公庁とのやりとりが多くなった。まずは文部科学省である。大学は設置認可された後、その設置計画の履行状況について、毎年、文部科学省による調査を受ける。調査方法は、分厚い設置計画履行状況報告書の提出と、授業見学や学内関係者との面接等を行う実地調査である。設置計画履行状況等調査委員会は、これまた他大学の教授等で組成され、調査の状況に応じて必要な指導や助言を行うとされている。本学も開学当初は学内の整備が発展途上であったため、指導や助言に従って必死に運営していた。しかしここでも大学組織等に関する考え方が噛み合わず、幾度も厳しいアドバイスをいただいた。時には事務局長の交代をアドバイスされたほど*4であった。
この設置計画履行状況等調査(以下履行状況調査)は、通常は最初の入学者が卒業する 4年目まで実施される。しかし開学時に付された22個の留意事項は4年間では解消されず、その後も調査が続いた。全て解消されたのは、大学を開学してから7年が経過した2011年であった。そこでようやく完全なる大学の自治が始められることになったのである。留意事項がとうとうなくなったという知らせを聞いて一緒に喜んでくれた1期生もいた。
ちなみに、文部科学省に認められ学位授与が可能な大学となったが、株式会社立であることから、大学に関する文部科学省からの助成金は適用されなかった。学内のリソースは、まずは何をおいても教育に集中させ、研究活動等については、企業連携などによる外部資金を獲得することで捻出していった。ここは株式会社立としての腕の見せどころであった。4.3 真に認められた日
大学の中身も着実に進化していった。大学発ベンチャー創出数は全大学で 10〜12位、私立大学で 2〜4位を恒常的にマークするようになった。開学して最初の 10年はとにかく教育に力を入れていたが、その後は研究活動も盛んになり、毎年メディアサイエンス研究所から研究紀要を発刊するようになった。産学官連携センターによる学発プロダクトの開発もコンスタントに行われている。中長期的視点においては、教職協働で描く未来構想として「DHU2025構想」が策定され、「DHU 2025 VISION BOOK」として広く社会に公表された。
そんなデジタルハリウッド大学史上、最大級と言っても過言ではないと筆者が思う出来事は、大学基準協会の専門職大学院認証評価にて適合を受けたことである。
認証評価とは、文部科学大臣の認証を受けた機関による第三者評価のことである。2004年度より学校教育法にて、国公私立全ての大学、短期大学、高等専門学校がその認証評価を受審することが義務付けられた。その頻度は 7年以内に 1回(専門職大学院は5年以内に1回)である。法改正の趣旨は、学校設置申請時の国による事前規制を弾力化しつつ、大学等の教育研究の質を保証するというものであり、複数の法的要件の緩和を受けて開学した本学としては、まさに対象のど真ん中にいる。デジタルハリウッド大学は 2017年度に、デジタルハリウッド大学大学院は 2017年度と2021年度に、大学基準協会の認証評価を受審した。
これまでの大学設置認可申請や履行状況調査でのやりとりを振り返ると、株式会社立の我々の考え方が認証評価団体側に理解いただけるのか、一抹の不安があった。そもそも専門職大学院とは、理論と実務を架橋した教育を行うことを基本とした比較的新しい制度であり、その在り方についてはどの専門職大学院も試行錯誤しているところである。案の定、実地調査で教職員との面接が行われた時は、デジタルコミュニケーションにおける理論とは何なのか、その理論と実務の架橋とは何なのか、デジタルハリウッドの大学としての存在意義は何なのか等について、強くて深い議論が繰り返された。この認証評価においても、委員は主に他大学の教員で構成される。ピアレビューを目的としていることから敵対的姿勢でないことは分かっていたが、真実を追求するアカデミック流の強い議論となることもあった。
結果的には、どの年度においても無事に「適合」をいただけた。加えて、2021年度の認証評価結果においては、総評の締めくくりにこのような記述をいただいた。「当該専攻は、常に最先端の取組みを通じてデジタルコンテンツを活用した高度情報化社会におけるデジタルコミュニケーションのあり方を提唱していくことに取り組んでおり、その意義は今後の社会にとって重要であるといえる。」。大学設置認可申請時からずっと噛み合わなかったアカデミック界と完全に歩み寄れた瞬間であり、歴代スタッフの苦労が報われた瞬間でもあった。*5
以上、少し長くなりましたが、ご紹介です。私個人としては、著者の方が認証評価受審時のコメントで高く評価されたことを受けて、「アカデミック界と完全に歩み寄れた瞬間」と書かれているのが印象的でした。これは組織レベルでの「正統的周辺参加」ではないかと思います。
正統的周辺参加(LPP:Legitimate peripheral participation)とは、「社会的な実践共同体への参加の度合いを増すこと」が学習であると捉える考え方*6のことです。
学校教育法では、大学を設置できるのは国、地方公共団体、学校法人のみに限定していました。構造改革特区制度を活用して参入が可能となった株式会社立大学ですが、2023年度現在では4校のみに留まっています。*7
著者が語る「アカデミック界」へ大学参入を通じて洗礼を受け、履行状況調査で苦労し、その後も運営等を試行錯誤しながら「アカデミック界という社会的な実践共同体」への参加の度合いを如何にして増してきたかが、このテキストで雄弁に語られていると思います。例えば設置認可申請時の「プレゼンテーションしてなんぼであったベンチャー企業としては、Wordの書式に文章だけで全てを表現しなければならないことが、思いのほか難儀」という部分は、読んでいてなるほどと思いました。大学職員として働く自分にとって所与のものとして捉えていることが、外から見ると違うと。
レイヴ・ウェンガーの「状況に埋め込まれた学習」に書かれているように、「学習とそれが生起する社会状況との関係」という点で、デジタル・ハリウッドという組織が社会状況としての文部科学省・大学基準協会等の質保証システムと接触することによって、大学組織として「アカデミック界」に「正統的周辺参加」することで、組織学習してきた成果が現れているように感じました。大学設置から16年の長きに亘り、試行錯誤してきた組織変革の取り組みからは「アカデミック界」も学ぶべき点は多いように感じます。
*1:「設置の趣旨等を記載した書類」のことを指していると思われます。
*2:ここに書かれているように、日本の大学設置認可制度は「ピアレビュー」、アカデミアの同僚たる他大学教員による審査を受けます。この点は大学固有のものであり、理解に苦しまれたことはよく分かります。
*3:開設時の留意事項は社会的に注目度も高く、また株式会社立大学の参入当初でしたので、内部の方は様々な苦労があったものと推察します。
*4:こうした行政指導は設置業務に関わった大学職員ならばよく分かると思います。
*5:開設が2005年なので、16年の経過を経て大学としてアカデミアから高く評価を受けたことに対する関係者の感慨は深かっただろうと思います。
*6:https://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/opencourses/pf/3Block/09/09-1_text.html