Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

日本教育工学会 2024年秋季全国大会に参加しました。

high190です。

2024年9月7日(土)、9月8日(日)の2日間で東北学院大学で開催された標記学会に参加しました。当日は大学行政管理学会の定期総会・研究集会が日本福祉大学東海キャンパスで開催されていたため、大学職員で学びを深めようと思っている方々はそちらに行っていたかと思いますが、私は自分の研究領域に近い所属学会に参加しました。

当学会には2021年に入会し、同年の秋季全国大会でポスター発表したのですが、対面での参加は初です。2日間のプログラムの所感を書いていきたいと思います。

9月7日(土)

チュートリアルセッション1「日本教育工学会へようこそ!学会と全国大会の見どころを紹介します!」

対面参加初なので、最初のチュートリアルセッションから参加。
たまたま以前から知っている大阪大学の村上先生にお会いできて、初学会の緊張が解れました。大会の見どころを聞く。
会長からは「会員数は約3,700名。どの学会も学問細分化で人数が少なくなっているが、学際融合もあり会員数は純増の傾向。」とのコメント。

一般研究発表1

ポスター発表は以下のものを興味深く拝見、勇気を出して質問してみる。
麻布大の松井先生は、今年卒業した学部学生と一緒に発表。
愛媛大学職員の二宮さんは、防災eラーニング設計の発表。現在、どの大学でも防災教育は喫緊の課題だと思うので、取り組む意義は大きいです。現時点でもきちんと設計されていて、最終的な成果が楽しみだと思いました。

  • 小学校低学年を対象とした鳥類発生標本を用いた理科講座の実施および効果の検証(◎安部 遥香,松井 久実(麻布大学))
  • 1-L610-012 大学職員の安全確保と安否確認行動を促す防災eラーニングの設計(◎二宮 和真(愛媛大学熊本大学),久保田 真一郎,川越 明日香,喜多 敏博(熊本大学))

一般研究発表2

ここは自分の興味関心に合致するものがそれほどなかったので回遊しながら色々見て聞いていました。
稲垣先生の発表には多くの聴衆が。初等中等教育での生成AI利用の関心度の高さを感じる。

  • 2-L604-014 生成AIを用いたPBLシミュレーターのログと評価の分析(○稲垣 忠(東北学院大学),佐藤 雄太(みんがく))

一般研究発表3

  • シラバスチェック、各大学で膨大な手間をかけていると思うので、そこに生成AIの助力を得るのはとても良い着眼点だなと思いました。こうした取り組みで各大学の負担軽減に繋げられると良いですね。
  • 3-L605-005 高等教育におけるシラバスチェックのための生成AIの活用(◎根岸 千悠(京都外国語大学),金 賢眞,田尾 俊輔,梶原 久梨子(大阪大学),大山 牧子(神戸大学),浦田 悠,村上 正行,佐藤 浩章(大阪大学))

一般研究発表4

業務遂行のためのコンピテンシー基盤型教育。面白かったです。修論頑張ってください!
北大の重田先生にも挨拶に行ってみたかったが、発表が人気でなかなかトライできず。次回への課題に持ち越し。

  • 4-L610-005 業務遂行のためのコンピテンシー基盤型教育に移行するための現状調査(○濱田 勇,久保田 真一郎,喜多 敏博,合田 美子(熊本大学大学院))
  • 4-L610-017 事前学習とグループワークを組み合わせたリベラルアーツ研修の開発と評価(○重田 勝介,杉浦 真由美,沙 華哲(北海道大学),佐々木 基弘(ドコモgacco))

ウェルカムレセプション

主に大学院時代にゼミ等でオンラインのみでお会いしていた方々と名刺交換。
本人の名刺よりもブログ名刺(猫の名刺)が威力を発揮する。

9月8日(日)

企画セッション【学習環境部会】

座席で受講者の関心別に初等中等教育、高等教育を分けて実施。事例報告を聞いてグループに分かれてディスカッション。
瀬戸SOLAN小学校の取り組みは初めて知ったのですが、小学校段階で探究学習をガッチリ実践していてすごいなと思いました。
また、高等教育の事例の対象大学での上田勇仁先生の取り組みも非常に興味深く聞かせていただきました。

  • 学習環境のデザインプロセスに関する探索
    • 状況の観察
    • 観察の分析
    • 分析に基づく実践デザイン
  • 空間、人工物、活動、共同体
  • 初等中等教育と高等教育の実践例を共有
  • 瀬戸SOLAN小学校の探究の取組
    • 探究学習→子ども自身がルーブリックを設定する
    • 個人探究の学習を中核に据えている。習得→活用→探究
    • 学習主導者が教師から徐々に子どもに移っていく
    • 個人探究のテーマは子ども自身が設定する
    • 学修支援は全教員、保護者、外部専門家の協力
    • iPadをベースに様々な学習コンテンツを用意、思考ツール、図書、ホワイトボード、子どもたちが手を取りやすい箇所に配置
    • 子どもの関心を広げるために高校生、大学生との交流機会を設計
    • 子どもたちの「知りたい」を伸ばす教育
    • クォーター制を導入、探究学習の成果は年度末に保護者も含めた報告会を実施
    • 学修成果はeポートフォリオに蓄積、探究人材バンクを用い、子どもと専門家を繋げる仕掛け
  • 大学初年次におけるプロジェクト型教育「抽象的概念化を促す記述指示が抽象的概念化に与える影響」
    • 学生の振り返りの促進を促す「記述指示」とはどのような経緯で生まれたのか?
    • 大正大学サービスラーニングでの実践事例(初年次教育の選択科目)
    • あらかじめ学生に対して「単位認定基準は厳しい」と表明。当該授業によって「何ができるようになったか」を学生本人が語れるように、毎回の振り返り課題を書かせた
    • コルブの経験学習モデルと内省支援
      • 具体的経験:授業での経験
      • 内省的観察:内省課題の記述
      • 抽象的概念化:記述された抽象的な課題
      • 能動的実験:抽象的か課題を踏まえた実践
    • 解釈を促す記述指示、分析を促す記述指示。振り返り課題はルーブリック評価表。ルーブリック評価表は上田先生が添削して返却
  • ワークショップ
    • 自己紹介、お題(上田先生へのインタビューデータを読んで、「状況の観察」「観察の分析」「分析に基づく実践デザイン」に分類)を読んで、グループ内でディスカッション。
    • 隣のグループと意見交換。観察に対する分析、というよりも教員の経験によるひらめきが大きい。元々考えていないと閃かない。その背景となる知識、経験などが重要。

一般研究発表5(日英発表含む)

熊本大学技術職員で熊本大学教授システム学専攻で学ぶ片山さんの発表。ご自身の業務領域を研究課題に設定されていて、これもまた最終的な評価が楽しみな研究。ストーリーセンタードカリキュラム(SCC)でどんな教材を開発できるのか楽しみです。
次は以前から懇意にしている岩澤さんの発表を聞く。自動採点システムも教師の負担軽減に役立てられそう。あとは形成的評価を受けて改善すると、さらにより良いものになりそうです。
あと、今回のポスター発表で個人的に一番楽しみだったのが木村紀彦さんの実践共同体の発表。パターン・ランゲージで著名な井庭先生のところで博士後期課程にいらっしゃるとのこと。個人的な関心もあったので多くのことを質問してみる。実践共同体に埋め込まれたナレッジ生成のサイクル(SECIモデルのような循環構造)、長年続く実践共同体のナレッジマネジメント・ナレッジ生成のプロセスはある種学会のような構造を持っていることなど、気づきが多く得られました。

  • 5-L610-005 化学物質のリスク管理の自律性を高めるeラーニングコースのデザイン(◎片山 謙吾(熊本大学熊本大学大学院),喜多 敏博,中野 裕司,合田 美子(熊本大学大学院))
  • 5-L609-007 生成AIを用いた自由記述の自動採点支援システムの試作と構築(○岩澤 孝徳,久保田 真一郎,喜多 敏博,マジュンダール リトジット(熊本大学大学院))
  • 5-L610-009 実践共同体における「実践」概念の意味構造(◎木村 紀彦,井庭 崇(慶應義塾大学))

チュートリアルセッション2「教育システム論文をどのように記述していくか」

チュートリアルセッションに参加。教育システム論文はJSETとしても課題とのこと。
この辺りは他の学会等の特徴をよく見た上で、どこに投稿するのが良いのか、各研究者は色々考えているんだなと思わされました。

  • どういう研究が「教育システム開発論文」への投稿に適しているか。
    • 関連する学会は多くある。そもそもJSETが投稿先として適しているのか?
    • 教育現場の課題、実践上の課題を解決するようなもの。また教育支援者への技術的支援など。
    • 技術的な部分の新奇性はそこまで厳格ではなく、教育への影響がどのようなものだったかを主張するとよい。
    • 例えばTAの支援に役立つシステム、保育士の業務支援システムなどが挙げられると思う。
    • システムの場合、使ってみての試行錯誤が重要
  • 「教育システム開発論文」を執筆する際に気をつけるべきことは何か。
    • 技術に対する認識が曖昧では通らない。使っているシステムの構成、組み合わせ方の的確な言語化は必要。評価の観点との適合は必要。システムの有用性の評価。
    • 教育のみならず開発物(システム全体の説明)が説得的であること。
    • 性能に関する評価(10分→1分に短縮など)
  • どのような「教育システム開発論文」の投稿を期待するか。
    • 固有課題をシステムで解決する実践面での新奇性
    • SIGなどで専門を同じくする研究者と連携すること、併せて他分野の研究者と連携して課題解決を図る研究
    • 新しい技術の適用可能性を開拓する研究

チュートリアルセッション3「査読を通っていく投稿論文はどのように記述されている論文か」

論文のお作法的な話題を聞く。これは教育工学分野に留まらず、一般的な研究での留意点という点でもとても面白かったです。

  • JSETの論文誌を読む
    • 傾向として投稿数は純増の傾向にある
    • 会員でない人が投稿しようとする場合は、まず書き方があるので、その点をまず把握する必要がある
    • 引用文献にJSETの学会誌が含まれていないのは先行研究レビューが足りない
  • 論文の基本のきを徹底する
    • 先行研究レビューがなされているか
    • RQは書かれているか
    • 自分の実践をアピールするだけになっていないか(理論的背景は何か)、論文は宣伝メディアではない
    • 研究は後の人が見て積み重ねていけるかにかかっている
  • 他の人に読んでもらう
    • 誤字脱字は意外とある。順番がずれている、図があるとされているが添付されていないなど。出す前に形成的評価を受けること。
    • 査読者もピアで読んでいるので、関係する協力者にコメントをもらうことは重要。院生なら指導教員コメントがあるとよい。
  • その他の大切なこと
    • 通ったら直せない
      • 早期公開は便利だが修正できないので注意
      • 取り下げになった場合、JSTAGEにもその履歴が残る
    • 著作権に気をつけること
      • 原稿はJSETでコピペルナーにかけている
      • オリジナル原稿をしっかり書くこと
      • 他者の図を引用する場合は、適切にJSETの著作権規程に適合している
      • 自己剽窃にも気をつけなければならない。例えば研究会の原稿をそのまま論文誌等に掲載するのはNG。同じ実践を土台にして書くとしても、具体的な表現とその後の実践・検討が加わっていること
    • 研究協力者や利益相反
      • 著作権、他者の人権等への配慮
      • 研究倫理審査
      • 教育実践に基づくデータを用いる場合、そのことの承諾等は適切に取る必要がある。
      • また、子どもが実践した内容を元に実践論文とするのもNGなので、その点にも留意してほしい。
      • 投稿手引きと投稿規定は今後改訂予定
      • 教育データ利活用については、ELSIの議論も踏まえる必要性

全体会

会長挨拶。会場校挨拶。表彰。40周年の学会の歴史を知る機会に。

シンポジウム テーマ「教育工学研究の発展に学会は何ができるか」

  • 取組の紹介
  • ディスカッション
    • 山内先生:山口先生への質問
      • アイデンティティの共同構築は「同じ目標を探求しており、活動の種類は違っても実践を共有している」ことの確認も重要ではないか。
      • 山口先生:ハンドブックのイントロ的チャプター
        • イントロを地図として自分や他者を位置付ける
      • 山内先生:学会の知の体系化としてユニーク
        • 今までにない新しい問いを立てるために、このマップはどう貢献できるのか。
      • 近藤先生
        • 研究者なら読めると思うが、新参の者は読めない。例えばそのための正統的周辺参加のデザイン、学会での新入会員へのガイダンス・ワークショップなどに活用可能と思う。
      • 山内先生:各領域に共通したマネジメント上の工夫は
        • メンバーの興味関心を活かし、個々の研究者のメリットも担保しながら、研究の深化が求められる組織的なミッションを遂行するマネジメント手法とは
      • 益川先生
        • 重点活動領域の成果は学会となるとともに、関わる個人研究者の成果ともなる
      • 山内先生
        • 小回りのきく領域に特化したコミュニティはよいが、そのコミュニティのみに留まらない交流機会をどう作るのか
      • 重田先生
        • SIG合同研究会の開催
      • 共通質問
        • 社会や実践現場における、学会の学術知の認知/活用/普及/深化等の促進
      • 研究者の成長の支援
        • 「研究の舞台裏の支援」もまた何か必要ではないか
        • 教育工学研究者を育成する機関が少ないという背景に、何らかのアプローチは必要だろう。
      • 他学会とのコラボレーション
        • Jsiseのマップは教育工学の全体像を可視化する一助のためのツールとして有益だが、更新が大変。
        • マップWGの議論でも、枠組みは作ってもどうメンテナンスするのかは課題。作成以後もマップを発展させていける人向けのアプローチが必要か。
          • 人的なマップもまた必要では。
  • 総括コメント
    • 近接学会との共同大会等の検討は必要
      • 歴史を知る
      • 日本教育学会のこれまで
        • 近接領域と積極的に越境できるようにコミュニティが形成されてきた
      • 教育工学研究と学会のこれからの役割
        • 教育工学分野のイントロダクション
        • JSET研究成果のサマライズ
        • 近接領域のコミュニティと積極的に交わる仕掛け(例えばJSETとJsise)

ということで2日間あっという間でしたが、自分自身が大学院で教育工学・インストラクショナル・デザインを学んだこともあって、どのプログラムも学習してきた内容との関連が多く、面白かったです。JSETの全国大会はまさに全国各地で開催されるので、なかなか毎回参加は難しいかもですが、また参加してみたいと思わせる内容でした。