Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

アクティブ・ラーニングと中教審答申をめぐる高等教育研究者の議論を聞いてきました

high190です。
12月20日(木)に日本私立大学協会附置私学高等教育研究所主催の公開研究会、「中教審答申(24・8・28)をどのように受け止めるか−これからの具体的な課題は何か」 に参加してきました。今年の8月28日に公表された「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ〜」*1の取りまとめに関わった先生方のお話を聞くことができるということで、たくさんの人が公開研究会に来ていました。今年の8月にも公開研究会に参加したのですが、2回続けて参加することになりました。*2
今回も簡単ですが、high190が参加したまとめをお知らせしたいと思います。

1.全学ディプロマ・ポリシーとアセスメント・ポリシーに基づく教学マネジメントの必要性 濱名篤氏(関西国際大学 理事長・学長)

今夏の中央教育審議会答申を踏まえて、建学の精神に基づく全学ディプロマ・ポリシー、アセスメント・ポリシーの設定、教員がチームで学位プログラムを担当する教育を確立させる必要がある。学位プログラム構築のツールとして、アクティブ・ラーニングを活用すべきであり、関西国際大学では、教員間のコミュニティを形成し、講義と体型を繋ぐ取り組みを行っている。
アクティブ・ラーニングの実現には教育方法の改善と制度化と同時並行で進めることが必要で、グループワーク等を導入すれば即アクティブ・ラーニングに繋がる訳ではない。

2.大学教育の質の指標としての学修時間 小笠原正明氏(北海道大学名誉教授/大学教育学会会長)

今夏の中央教育審議会答申では二重の主張があり、次の2つの主張は相補的関係でいずれが欠けても大学教育の質的転換は実現できず、教員個人と組織のそれぞれにしかできない両面が示されている。

  1. 授業のアクティブ・ラーニング化
    • 学修自体が知識中心型から課題解決型へのパラダイムシフトが起こっており、時宜に叶っているが、過去の特色GPなどで経験したようにアクティブ・ラーニングの実施は教員・学生を疲弊させる側面を持っている。
  2. 学修時間であぶり出される日本の大学教育の構造的問題
    • 現行の90分授業、分断された授業科目では学生の主体性を喚起できないので、科目数を減らして大規模授業を組織化して、アクティブ・ラーニング化することがポイントとなる。

3.高等教育の共通通貨としての単位制度再考 川嶋太津夫氏(神戸大学大学教育推進機構教授)

単位制度を巡る問題提起として、アメリカの「カーネギー単位」の誕生、日本の新制・旧制単位制度の導入時における考え方などが紹介された。本来的には、人によって理解のスピードが異なるため、学習成果に到達する時間には個人差がある。時間で単位を規定するのではなく、大学設置基準第21条第3項の「学習の成果を考慮して単位を授与する」ことが、本来はどの授業にも適用されるべきである。
学習成果に基づく単位制度への移行には、実際の学修時間に見合った単位設定が必要。カーネギー財団では時間からコンピテンシーに基づく単位制度への転換の可能性について研究を開始している。

4.学習成果に繋がるアクティブ・ラーニング 山田礼子氏(同志社大学社会学部教授・高等教育学生研究センター長)

今年、サバティカルで25年以上振りに母校(アメリカの大学)にて大学院の授業を受講し、かつ、教員として4回授業を行った経験も踏まえ、アクティブ・ラーニングが実際の学習成果に繋がっているか、アメリカの教育現場の最新動向にも触れながら解説する。
日本では3月頃に次年度シラバスが公表されるが、その内容は要項に近く、形式的なのに対し、アメリカでは初回授業で20ページのシラバスを渡され、毎回の授業で何度も目を通さなければならず、週1度の授業で相当の学習量を要求される。また、授業を担当する際に、日本の講義と同じように準備して臨んだが、学生の興味を引き出せず、学生に事前学習の時間を確保させないと、アクティブ・ラーニングにならないと気付いた。
日本とアメリカの学修時間を統計的に見ていても、事前・事後の学習と学生の主体的な学びを組み合わせれば、少しずつ学修時間が増えていくのではないかと感じる。
座学であっても主体的に学ぶならアクティブ・ラーニングであり、教室内外の学修を組み合わせることが重要である。

どの講演者の先生も、大学業界では知らない人がいないぐらいの有名人だけに、講演内容も聞き応えがありました。関西国際大学の濱名学長のお話は、アクティブ・ラーニングの実現のため、ツールとしてのグループワーク等の活用の重要性を唱えていらっしゃいました。同志社大学山田礼子先生のお話は、サバティカル中に母校(確かUCバークレー)での大学院授業を聴講し、かつ自分も教壇に立って教えた経験を踏まえたお話だったので、受け売りのアメリカでの授業の話とは異なり、説得力がありました。また、大学教育学会会長の小笠原正明先生のご指摘にあった、アクティブ・ラーニングは教員・学生を疲弊させるというご指摘もなるほどと思わされます。アクティブ・ラーニングの実施にはかなりの労力を要するため、授業自体の数や時間の面を改善していかないと、疲弊するだけで終わってしまいます。そのためにも、大規模授業のアクティブ・ラーニング化は必要不可欠ですね。
私がイメージしたのはハーバード白熱教室のサンデル教授の講義です。あの授業はかなり大規模クラスですが、学生と教員間の質疑応答が活発に行われています。*3
その他にも神戸大学の川嶋教授は「単位」という考え方がどのように生まれてきたのかを解説されましたが、元々はカーネギー教育財団によって創設された大学教員の退職年金基金に各大学が加盟するために、カーネギー単位が用いられたことに端を発することは初めて知りました。このことについては、過去のアルカディア学報に詳細が掲載されていますので、そちらをご確認下さい。*4現在、新たにコンピテンシーに基づく単位制度への転換可能性について、カーネギー教育財団も研究を始めているとのお話もありましたが、こちらはThe Chronicle of Higher Educationに記事が掲載されていました。*5
このように、今まで大切だけれど知らなかった重要情報にたくさん触れることができました。また、質疑応答でも非常に興味深い意見が出ていましたので、こちらもまとめておきます。

  • 教室の構造、人数も含めて、読み込んだ内容をアウトプットし、教員と相互に意見交換する機会を設けて初めてアクティブ・ラーニングになる。
  • アクティブ・ラーニングの標準的テキストを設計して、学生が何かを書いた場合に教員の側がどのようにしてフィードバックするかに尽きる。
  • 100〜150人の学生を相手にした授業でアクティブ・ラーニングができなければ意味が無く、そのための手法を開発することが、今回の答申を具現化することに繋がる。
  • アメリカ型の教育をやるならば、科目を減らさないといけない。また、高校の教育段階で意見を述べさせる教育をして、エビデンス・ベースで意見を言えるような教育に転換しなければ、アメリカのような教育は絶対にできない。
  • アメリカでも最初から学生が主体的なのではなく、膨大な学習量を課して追い込むことから、主体的な学習者が生まれている。
  • 学生の自学自習に全て委ねるのも間違いで、大学としての仕掛けを作っていかなければならない。単純にアクティブ・ラーニングから主体的学習者が生まれている訳ではない。

我々が抱きがちな「アクティブ・ラーニング」のイメージとして、少人数教育でのグループワークやディスカッションなどがありますが、それらはアクティブ・ラーニングを構成するための道具に過ぎず、本来的な趣旨に鑑みると学生の主体的な学修意欲を喚起することが最も重要なことである訳です。このことは、今夏に公表された答申が学修時間に着目していることを踏まえても、本来的な主体的学修として、学生自身の学ぼうという主体性を如何にして大学が引き出すかということにかかってくるのだと思います。そのためには全学的な教学マネジメント体制の整備が必要で、ファカルティ・ディベロップメントの更なる深化が必要ということに繋がります。私なども、アクティブ・ラーニング=少人数教育という幻想に囚われていましたが、これからは中規模・大規模授業でのアクティブ・ラーニング実施に向けて何ができるか、またある種の「強制」をしながら学生の主体的学修を引き出すための仕掛けを考えていかなくてはなりません。
質疑応答でも指摘されていますが、アメリカの大学では膨大な学習量を課すことで主体的な学習者が生まれていると言われていますが、学生が学びに向き合う環境の整備を、大学が社会と連携して行っていくことの必要性を答申では指摘しているのだと改めて感じました。それにしても、答申を正しく理解するには相応の専門知識がないと難しいですね。自分自身で読むことも大切ですが、こうした研究会等での議論を聴くことも非常に重要だと思います。

*1:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1325047.htm

*2:日本私立大学協会附置私学高等教育研究所の公開研究会に出席してきました http://d.hatena.ne.jp/high190/20120817

*3:http://www.justiceharvard.org/

*4:アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)No.419「単位制度再考 日米両国の議論から」 http://www.shidaikyo.or.jp/riihe/research/arcadia/0419.html

*5:Carnegie, the Founder of the Credit-Hour, Seeks Its Makeover http://chronicle.com/article/Carnegie-the-Founder-of-the/136137/