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Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

神田眞人氏による「今のままの大学では生き残れない」を読んで

Diary Governance

high190です。
4月から新しい組織に移りまして、色々と変化が大きい時期に差し掛かっていました。そういった訳で、少しばかり忙しくしていましてブログの更新に時間を割くことが難しいこともあり、更新頻度が落ちてしまいました。これから徐々に書いていきたいと思います。

さて、大学関係のニュースも年度が替わって様々な種類が報じられている訳ですが、ここ最近で目にした記事で以下の内容に最も関心を持ったため取り上げたいと思います。


自らの問題として主体性をもって大学改革を推進する勢いが欠けていると感じます。世界はもちろん、国内も大きく変わっています。まず少子高齢化、そして人口減少。私たちの時代には18歳人口が250万人ぐらいいました。今は110万人、あと数十年で60万人とかつての4分の1になる。競争がなくなって質が低下するだけでなく、お客さんが激減するので、生涯教育、つまりおとなの学生や留学生を集めなくてはいけないのですが、教育、研究の中身が良くなければ、そもそも人は集まりません。大学の経営は成り立たなくなります。
大学は組織が硬直していて変わりにくいので、インセンティブとなる制度改正や予算配分をしていますが、国家財政が世界最悪ではおのずと限界があります。授業料だけでなく、寄付、外部との連携でもお金を集めなくてはいけない。それも教育、研究が良くなければ、誰もお金を出しません。日本の企業は研究開発に力を入れていますが、海外の大学やシリコンバレーにお金を出しても、日本の大学にはほとんど出しません。企業側の目利きに問題がないとは言いませんが、日本の大学が、魅力がないという烙印を押されているのも事実です。優秀な高校生も海外大学希望が著しく増えています。

(中略)

国公立、私立大学、それに専修学校も含めて1000校以上ある中で、どういう所が生き残っていくのか。統合も含め、ダイナミックに変えていかなければいけません。大学は特殊と言うが、特殊だから変わらなくてすむというのは間違っています。全ての業態が生き延びるために生まれ変わろうと闘っている中で、大学だけが変わらずに済むことはありえません。淘汰されるだけです。
現に、日本の大学の学位は卒業が楽なこともあって国際的な信頼性がとても低く、「価値がない」とまでいわれています。そうなれば日本に留学してくるのは、アジアの大学にも入れない底辺の学生という危険性も出てきます。

(中略)

主権国家の枠組みを含め、当然視してきた世界の秩序が壊れています。市場経済が格差を生み、民主主義も情報革命の影響もあって極めて異常な状態になっている。答えのない世界で、自分でしっかりと考えなくては生きていくのが難しい時代です。だからこそ、謙虚に古今東西書物や多様な人から学び、広い世界観をもち、妙なネットの一行に惑わされず、自分で吟味して、世界の一員として判断できる、そういう主権者になってほしいのです。それでないと民主主義を維持できません。我々は不完全な民主主義と市場経済以外に有効な選択肢を持っていないのです。未来社会を担う若者、育成の場としての大学に期待をかけています。

上記で取り上げられたように、神田氏は日本の大学に対する危機感を持っていることが分かります。神田氏は財務省の広報誌「ファイナンス」で、「超有識者場外ヒアリングシリーズ」という連載を持っておられますが、これまでも大学関係者との対談も多く行っています。*1 *2 *3 *4 *5神田氏は主計官として文教関係の予算配分を担当されていたこともあるため、国家的な観点で大学に対する危機感と期待感を持っていらっしゃるのだと思います。

強い文教、強い科学技術に向けて―客観的視座からの土俵設定

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超有識者達の洞察と示唆―強い文教、強い科学技術に向けて〈2〉

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さて、神田氏の意見の中で「古今東西書物」と「民主主義」というワードが出てきました。ここで意味していることはリベラルアーツ教育の充実化だと思いますが、具体的にはどのような内容を指しているのでしょうか。私なりに過去のブックマークを紐解いていたら、以下の記事を発掘しました。

上記の記事を私なりに搔い摘んでみると、コロンビアのコア・カリキュラム*6 *7では古典の読解を重視しており、科目の担当教員にはインセンティブがあること、講義の運営費用にはOB/OGからの多額の寄付が行われていることなどです。こういう記事を見ると、Alumniが機能しているなあと感激すら覚えるのですが、大学として重視すべきものを卒業生が間接的に参画することで守られているという部分には注目できると思います。恐らく日本で同様の取り組みをしているところは、ほとんど存在していないのでは?
最近、SGU関連の記事が話題になっていましたが、政府からの補助金に依存した状態で教育を行わざるを得ない体制では、コロンビア大学のようなコア・カリキュラムを半永続的に運用することは難しいだろうと思います。神田氏が言うように「今のままの大学では生き残れない」のですが、本当の意味で生き残っていくためには、「何を変えないか?」をもっと真剣に考える必要があります。*8
そのためにも、大学における財政面での独立性をいかに高めていくかが重要です。神田氏も言及していますが、コミュニティとしての教育の場を担保するための仕組み・仕掛けを大学が自律的に行いうるような政策面での誘導を期待したいものです。

*1:潮木守一先生との対談 http://www.mof.go.jp/public_relations/finance/201311e.pdf

*2:村井純先生との対談 http://www.mof.go.jp/public_relations/finance/201409f.pdf

*3:黒田壽二先生との対談 http://www.mof.go.jp/public_relations/finance/201502e.pdf

*4:五神真先生との対談 http://www.mof.go.jp/public_relations/finance/201510e.pdf

*5:天野郁夫先生との対談 http://www.mof.go.jp/public_relations/finance/201601f.pdf

*6:コンテンポラリー・シビリゼーション(Contemporary Civilization)、というそうです https://www.college.columbia.edu/core/conciv

*7:2015度のシラバス https://www.college.columbia.edu/core/sites/core/files/pages/CC%20Syllabus%202015-2016_0.pdf

*8:松宮慎治さんも,こんなブログを書いています。「補助金に頼らず、自分の頭で考える」http://shinnji28.hatenablog.com/entry/2016/04/27/221509