Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

茨城県が早稲田大学に医学部新設を打診。医師不足の解消に必要なのは定員増か、新設か

high190です。
茨城県早稲田大学に対して、茨城県内の医学部新設を打診しているとのニュースがありました。昭和57年9月に閣議決定された「今後における行政改革の具体化方策について」にて、「特に医師及び歯科医師については、全体として過剰を招かないように配意し、適正な水準となるよう合理的な養成計画の確立について政府部内において検討を進める。」という医師数の抑制を国が方針付けて、琉球大学医学部の設置を最後に新設は行われていないようです。*1
しかしながら、文部科学省でも医学部の入学定員の在り方についての専門家会議を組織するなど、状況は少しずつ変わってきていますが果たして医師養成の方向性を国はどのように打ち出すのでしょうか。


医師不足を背景に、県が早稲田大学(鎌田薫総長)に対し新設医学部の本県設置を要望していることが16日、関係者の話で分かった。候補地として笠間市平町の県畜産試験場跡地(約35ヘクタール)を提案し、橋本昌知事の書簡を6月、鎌田総長に提出した。早稲田側も興味を示し、大学関係者が10月に現地を視察することが固まった。県のラブコールが実れば、医師確保策の切り札となりそうだ。
難関私大として知られる早稲田大にとって「医学部設置は悲願」とされ、学内やOBの間で待望論が根強い。一方、橋本知事も2009年の知事選で「医科大学の誘致」を公約に盛り込んだ経緯がある。ただ、医学部の新設認可は1979年の琉球大が最後で、実現のハードルは高いとみられていた。
状況に変化の機運が盛り上がったのは昨年12月。医師不足の解消に向け、文部科学省が専門家会議を設置し、大学の医学部新設や定員増をめぐる議論に着手した。民主党も昨夏の参院選マニフェスト(政権公約)で「医師を1・5倍に増やす」と目標を明記した。
関係者によると、常総学院理事長で県議の桜井富夫氏ら早稲田人脈が本県誘致に動きだし、同大の有力OBが6月に県畜産試験場跡地を視察。橋本知事も同月、鎌田総長に書簡を送った。知事と青柳廣則・同大校友会県支部長らが8月、大学説明会で来県した清水敏副総長に会い、新設医学部の本県設置を重ねて要望した。

早稲田大学医学部設置の話は噂程度に色々と耳にしてきましたが、医師不足の解消に向けた議論が始まったため、具体的な話が出てきたということでしょうか。ちなみに「大学を考える」のkangeさんが先にこの内容の記事を書かれていますが、茨城県内には既に筑波大学の医学専門学類医学類があります。そこに何故早稲田大学の医学部を誘致?という気もしなくありません。知事がマニフェストで掲げたこともあり、外部から持ってくることを求められているのかも知れませんね。
さて、上記記事の専門家会議というのは文部科学省の「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」を指しています。
昨年の12月から会議がスタートし、今年の8月まで計8回開催されています。その中で医学部の新設についての議論も出ているようです。


3.新設による対応について
現下の医師不足への対応として、前述の入学定員の増員による対応のほかに、大学医学部の新設による対応も考えられる。
この点について、本検討会においては、

○既存の医学部の入学定員を増やしているが、教員も増えておらず、周りの施設もないという状況。この対応を現場に強いるのは限界があり、医学部を新設すべき。
○医学部が東西に偏在しているため、医学部を東日本に新設すべき。
○しっかりした医学教育ができるシステムを作るために医学部新設を検討するのもよいかと思うが、医師数を増加させるためだけに医学部を作るのは賛成しかねる。
○医学部を新設してから医師が働くまで時間がかかることを考えると、教員などを増強しながら、今の医学部の定員増で対応して医師を育てていくべき。
○将来的に医師数が過剰になった場合を考えると、既存の医学部定員数の調整で対応していくべき。医学部新設は到底考えられない。

などの意見が出された。
医学部を新設することとした場合、医学部の地域偏在の解消につながるとともに、総合医などの新しい医療ニーズに特化した医師養成が可能になるなどの利点があるとの指摘がある。他方、将来、医師供給が超過した場合に規模を縮小することが事実上難しいことや、新設する際、指導力のある優秀な医師を教員として確保するために広く医師を募る必要があり、結果的に地域の医師不足が助長されるのではといった指摘もある。また、入学定員増の場合以上に新設から実際に医師が増加するまでのタイムラグが大きいという問題とともに経費面にも配慮をする必要がある。いずれにせよ、現下の医師不足対策として、既存の定員増による対応と医学部新設による対応とのいずれがふさわしいのかについては、現時点では結論を出すには至らず、今後、国民的議論を深める必要がある。

専門家会議の議論でも、定員増と新設のどちらで対応すべきかは意見が分かれているようです。
私もそれぞれの主張に目を通して見ましたが、素人の私でもメリット・デメリットが分かるくらい双方の主張は妥当なものであるように感じられ、調整は難航するのではないかと思います。
ただ、個人的な意見としては新設に向けた動きがあった方がいいのではないかと思います。新設の場合には用地取得や最新医療設備の整備等、相応のコストが設置者側にも要求されるので、簡単にはいかないのではないかと思いますが、既存の病院や大学等が連携して医学部の設置を検討する例*2も出てきており、質の担保を図りつつも現実的な路線で医師養成が行える仕組みを考えてみるのも手ではないかと。
最後に「今後、国民的議論を深める必要がある」と締めくくられていますが、これこそまさしく政治の役割であって、国としての医師養成をどのような方向に舵を切るのか大きな山場に差し掛かっているのではないでしょうか。

*1:ちなみに「大学、大学院、短期大学及び高等専門学校の設置等に係る認可の基準」第1条には大学設置時の審査要件が規定されていますが、医学部の設置については「歯科医師、獣医師及び船舶職員の養成に係る大学等の設置若しくは収容定員増又は医師の養成に係る大学等の設置でないこと。」と規定されています。

*2:仙台厚生病院東北福祉大学が医学部新設について検討へ http://d.hatena.ne.jp/high190/20110117