high190です。
9月7日(土)、8日(日)に東京の東京電機大学で開催された大学行政管理学会(通称JUAM)の第17回定期総会・研究集会に参加してきました。
- 第17回定期総会・研究集会(出典:大学行政管理学会Webサイト)
今年も2日間のプログラムで、1日目は定期総会、基調講演、パネルディスカッション、懇親会が開催され、2日目はワークショップ、研究発表が行われました。今回もhigh190が参加したセッションについて、所感をまとめました。理解違いなどがある可能性がありますので、悪しからずご了承下さい。
1日目のプログラム
1.基調講演「大学版IRについて〜経営改善と改革のツールについて」(佐賀大学学長 佛淵孝夫氏)
- 会議の効率的な運営
- 会議開催数を3分の2に減らして、最初の会議で目的、達成目標、審議・検討事項、検討スケジュール、終期を確認する。会議の目的を明確化して、資料はA4版1枚で要点をまとめる。会議は原則60分以内(長くても90分)。そうでないと学長の目には触れない。ボトムアップで職員の発案を具体化させる。
- 事務系職員クラブの設置、IR塾の創設
- IRや大学改革に関する用語集を作成。同じ職場なのにわざわざ「教職協働」と言う理由が分からない。自身の専門は診療外科であり、「在院日数、財政、満足度、臨床成績」の4つのアウトカムで患者の満足度を考えていた。医療の質向上が4つのアウトカム改善に資することが分かり、これは大学教育にも応用できる。教育の質向上こそが全てを解決する。
- 業務改善の極意は「止める」ことである。しかし、止めるためには検証と決断が必要。この判断を行うのがマネジメント層の役割。IR部署にコンサルティング機能を持たせた。「やれやれ」と声をかけるのは誰でもできるが、「こうしたらいい」というサジェッションができる組織・人材は極めて少なく、ここに「IRの本質」がある。
- IR機能の活用
- 1年間で文科省に提出した報告書を調べたが、半数以上は利活用されていない報告書だった。PDCAサイクルのCheck,Actionを支援するIR組織。あくまでもIRの基盤は経営基盤におくべきで、教育でも数値化できないことはない。IRは目的ではなく手段である。
- 情報提供機能
- 正しい現状認識、正当な評価、的確な戦略・戦術
- 影響機能
- 現場のモチベーション向上、頑張っている人を適正に評価する評価軸
- データの活用事例
- 予算編成:卒業者数及び進路先に関連するデータに基づき、就職率の良い学部には重点配分するが、低い学部は予算削減する。
- 入学後の教育状況の可視化:ある年度の入学者に係る卒業時における修得単位数とGPAをプロットしたものを、高校訪問で持っていき、進路担当教員に説明する。卒業者のGPA年次推移を見て、学力差の有無を可視化する。構造的問題ならアドミッションポリシーを見直す。
- 入試制度の検討:試験問題の解答状況、科目別、設問別にまで細かい分析。大学入試が高校教育を歪めている。入試方法別のストレート卒業率と競争倍率の関係分析。
- 投下資金に対する効果:セグメントごとにベンチマーク評価が出来るようにした。(大学病院は除外)今後の人口動態で人が増えないのは決定的なので、学部別の収益構造を分析した。コスト構造を学部別に分析すると、例えば学生数に比して教員数が多すぎるなどの問題が分かる。
- 大学版IRの問題点と考え方
- 単一な評価軸だけでは必ずしも十分ではない。社会規範の中であるべき。(例:就職率が高い、留年率が低い等は質の面からは十分ではない)多面的評価が必要(Quality Indicator)IRにおける4つのアウトカム指標のキーワード全体を見ながら改善しないといけない。1点だけを見ると落とし穴にはまる。
- IRの意義「IRは目的ではなく資源である」:大学改革のためのツール、自立的PDCAサイクルの醸成
2.パネルディスカッション「大学職員よ、改革のエンジンとなれ!」
パネラー:佛淵孝夫佐賀大学学長、篠田道夫桜美林大学大学院教授、松井寿貢広島経済大学事務局長、安田浩東京電機大学未来科学部学部長
進行役:篠塚義弘 JUAM常務理事/関西大学学術情報事務局長
- 主な発言集
- 教職協働という言葉が出る前から、実践している大学も多々ある。
- 大学改革時に長期的・俯瞰的に大学を見ている教員は極めて少ない。職員の方が今後の大学の姿を真剣に考えている。データを見たときにどう思うか、職員の意識改革こそが大学の発展・経営、本来の使命である教育が安定する。
- 職員が全体を見て、執行部に提案していける体制であれば、学長のガバナンスもやりやすい。学長が必要とするデータを出している。職員の仕事を突き詰めて考えると、IRに行き着くのではないか。IRセクションに所属していなくても、IR的視点を活かした仕事を行うことはできる。IR-Officerを内部から大学内部から輩出する。課題発見ではなく、課題解決力を発揮することが重要。中小規模の大学では人材養成しにくいが、学内のデータを統合化することが必要不可欠ではないか。例えば、佐賀大学のIR室スタッフはほとんどが兼務で、各部署に責任者を置く。資料作成だけで終わるのでなく、報告書を活用することが必要である。表を作ったらグラフまで作るような組織マインドに持っていくことが重要。
- 危機感を持っている職員が教員のところに来ることになって、一緒に資料の作成などを行うことで、危機感を共有できたという例がある。働きがいのある職場作りを行うのが学長の仕事。IR部署のコンサルティング機能は、医療情報部の講師兼システムエンジニアがコンサルティング機能を担った。(修士の院生)医局に行ってベストプラクティスの紹介、ベンチマーク設定、課題の特定及び解決策の提示を行っていた。現在、事務系では3人ぐらいがIR-Officerに育ってきた。改革には痛みが伴うが、人に痛みを与えることは、自分の痛みよりもつらい。痛みがあっても、後で痛みを和らげることをやらないといけない。「皆のためになるんですよ」ということを伝えることが大切。
2日目のプログラム
1.ワークショップ「教職協働、FD推進・支援に果たす職員の役割」
- 主な発言集
- 個々の教員のスキル向上でなく、教学マネジメント上で教員の能力向上をいかに図るかを考えることが必要。IRについてもデータを前面に押し出すと教員の反発を受けるので、学内的に浸透させることが必要。授業評価アンケートについても認証評価のアリバイ作りになってしまっている。
- 他大学の事例を知りたいという声がよくあるが、実際には他の事例を持ってきても、当該大学の問題を議論しないとあまり意味が無い。教員に対するFDの支援に関して、情報を提供できるコンサルティング機能を提供できることが必要である。高等教育関係の情報を「上手に」伝えることが大事。
- 職員の足を引っ張るのは教員ではなく、職員である。安定を求めている人にとっては変革主導の人は邪魔だという意識になる。
- 補助金や高等教育政策に引きずられるが、今まで自分たちがやってきた自学の教育、組織等を踏まえて継続していくことが必要ではないか。各大学のコアコンピタンスを明らかにしないと10〜20年後は危ない。
- 教員が何を研究しているのかを知る機会を作ることは大切。そのことが教書協働に繋がる。
- 高校の先生方は偏差値でしか大学を見ていない。「うちは他と比べると、ここが優れていますよ」という話をすると食いついてくる。教員の研究内容を職員が外部に語れないと大学の魅力は伝えられない。
2.研究・事例研究発表
(1)大学職員が行う研究活動の支援方策の検討(京都大学・中元崇氏)
- 中教審答申の指摘:職員の業務知識の発展、高度化であり、共通しているのは「企画力」:世の中(大きな流れ)の変化に合わせて学内施策の見直しを行う力。
- 「説得的表現力」の重要性(孫福)、「修士論文を書く経験をもって、研究についての基礎的理解を得る」(両角)、「研究と言ってもどうやればいいか分からない」「研究や実践を発表するのはハードルが高い」、そうした声をベースに研究支援のワークショップを開催:「大学職員が研究を行う必要性の理解」「研究そのものの理解」「研究方法論」「文献検索」と4つのステップで実施。
- 「大学職員が研究・学会発表に取り組む際のハードル要因」を調査
- 時間の捻出、職場の不理解、研究資金の捻出、共同研究・発表者の不在、研究のノウハウが不明、研究に関する情報が不明、その他「時間の捻出」と「研究のノウハウが不明」という点が問題。
- 提案1:時間面での配慮(中長期的な研修としての位置づけ):「国家公務員の自己啓発等休業に関する法律」が平成19年度に制定。自学の規程に準用しているところもある。「国立大学法人京都大学教職員の自己啓発等休業に関する規程」
- 提案2:研究スキルのコースワークの機会の導入(学内リソースの活用):自学の教員による支援、自学の大学院で講座を設けている大学もある(立命館大学の大学行政研究・研修センター)
- 提案3:これらの取り組みの際、コンソーシアム等を活用:大学コンソーシアム京都の「大学アドミニストレータ研修プログラム」、四国地区教職員能力開発ネットワーク(SPOD)
- 大学の幹部側は職員のキャリア開発などを行うにあたっての理解を進めることが必要だと思うが、全国に波及させることが必要なのではないか。古典的なプロフェッショナル(弁護士、医師など)に比して、大学職員は高度専門職として認められていない。京都大学では専門業務職員制度というものを構築したが、なかなか難しいのが実情。立命館の事例でも制度を整えてから企画力のある職員が生まれている訳ではない。
(2)大学事務における標準作業手順(マニュアル)-テーマパークの事例を参考に-(昭和女子大学・松丸英治氏)
- マニュアルの考え方:アメリカは業務手順書=科学的管理・効率向上のために標準化して提示し、徹底を図るツール、日本は規程=時折確認する心覚え、科学的管理法(テイラーの考え方)
- 大学事務におけるマニュアルの現状:立命館大学(業務改善プロジェクト)、東京大学(アクション・プラン)、早稲田大学(waseda next 125)、昭和女子大学(業務改善プロジェクト)、大学におけるマニュアルの必要性とは?引き継ぎ文書、業務平準化?暗黙知の形式知化?
- 某有名テーマパークにおけるマニュアル:体系図を見ると、途中までは似ているが、大学は設置校以下の細部に関わる点は皆無。機能的サービスと情緒的サービスが合わさってフィロソフィーが実現される。
- マニュアルの使われ方:「マニュアルは、トレーナーが確認するためのもの」
- マニュアルの運用:「現状とマニュアルの内容が常に一致していること」マニュアルを管理する専門の担当者。3〜5年でレビューを行い、改定作業を行う。マニュアルの修正手順を定める。
- 考察
- マニュアルを作る目的は何か:マニュアルを作って解決する問題か、どこまでマニュアル化するのか:どの業務に必要かの精査が必要、マニュアルとフィロソフィーの関係:業務と建学の理念・教育目標との関連を考える機会、マニュアルの必要性と運用方法をまずは見直す必要性。
- マニュアル作りの要点:業務の目的や背景を最初に記述すること
- 時系列で記載すること
- ワープロソフトを使うこと(アウトライン機能)、ロジックを明確にすること、更新や内容確認について決まりを作る、上司のレビューを求める
- マニュアルを書く上での注意:
- 主語+述語の短いセンテンスで書く(代名詞は使わない)、担当者がくどいと思う程、細かく記述すること(作成者は実際に業務を担当しているため、「書かなくても分かる」と思うと省略してしまう)、必要に応じて図・画像・動画を配置、専門用語や略語などは解説を別に入れる
- 「マニュアルで最も大切なことは、作成することでなく更新することである。」
(3)つながりを重視する職員の自主的勉強会(実践報告)(京都産業大学・北川将己氏、中原正樹氏、佛教大学・石川智規氏)
- はじめに
- SDの重要性:社会の多様化、大学経営の強化
- 大学職員による勉強会の増加:国公私立問わず活動
- ネットワークの必要性:「弱い結びつきによる知の探索」学内外ネットワークの必要性
- 経緯
- 京都産業大学の事例
- 「むすび塾」の紹介:2012年1月に発足、14名のメンバー、月1回程度で平日の業務終了後、「ゆるく・細く・長く」、「来る者拒まず去る者追わず」あくまでも本務が優先
- 2つのコンセプト
- 活動内容
- 「仕事のモチベーションを上げ下げするものは?」「学外研究会での発表事前練習」「学外研修会の参加報告会」、ワークセッション形式の活動は、準備期間等が大変なので、大学間連携で対応。
- 学内波及効果の実感:大学の自己啓発研修助成制度が、自主的勉強会の活動支援を視野に改正。SD活動に対して費用助成が開始。
- 佛教大学の事例
- 設立のきっかけ(はじめはたった3人から)他大学との交流が薄く、本務以外の活動が希薄な若手職員が多い。京都産業大学の同世代の若手職員から、本務以外での活躍を聞いて感銘を受ける。危機感とともに実践意欲が生まれる。
- 設立の目的「学ぶことの楽しさを知り、主体的に学ぶきっかけをつくる」、到達目標「職員が主体的に学び続ける文化を築く」
(4)我々にとって最も有効なデファクト・スタンダードとは何か、そして何を確立すべきか(成蹊大学教務部 袴田達雄氏)
- これまでの担当業務
- 情報をインプットするのは簡単だが、それを解釈してアウトプットに繋げることの悩みを抱えて仕事をしてきた。18歳人口の減少や大学全入時代は予期できたが、それを想定して効果的な対応策を取ったか否かで現状の正否が決まっている。自大学の状況をリアルに把握するためには、雑誌等で公表される既存情報だけでは把握できない。リアルに自学に関わる情報を整理・分析することが必要。
- 職員のアウトソーシング・コモディティ化
- ベスト・プラクティスを探っているか
- 適時に最良の判断と行動を導くビジネスモデルを持っているか。限られた人材、予算、時間の中で何を選択するか。2年後、5年後、10年後の事業価値の変化を予測しているか。ひとつの事業に対して複数の付加価値を付けていくための仕組みづくりが必要。そのために人を巻き込んでいく。イニシャルとランニングの総事業支出を管理しているか。こういった意識を管理職でなくても持っておくことが必要。
- 設定した事業価値を常に超える取り組みがあるか
- 誰もが理解できるビジネスモデルで可視化されているか?組織内関係者が事業進捗を俯瞰できる仕組みを備えているか
- ビジネスモデルの提議
- 日本のビジネスモデルはかなり概念的なものである。簡単なキーワードで説明しようとしている。例えば、2012年に小山龍介さんが訳者となった「Business Model Generation」*1という書籍はモデルを検討する上での参考になる。
- 組織のパフォーマンスを最大化させる人材育成モデル
- 何を確立すべきか
- 確立したビジネスモデルを持っている大学は強い。ブレの無い判断と行動の基軸を持つために「業界の不デファクト・スタンダードである」と言われるビジネスモデル設計が必要である。例えば、大学行政管理学会が大学経営に有効であると果たして言えるか?生き残りに機微な情報はこれから出てこなくなる。
たくさんの気づきがあったのですが、佐賀大学のIRの取り組みには驚きました。このブログでもIRの情報はこれまでもお伝えしてきましたが、*2 *3あそこまで情報を集約して分析している背景には、極めて能力の高いスタッフの存在が不可欠です。*4 *5また、佛淵学長は会議の効率化についても意見を述べられていましたが、時間が無駄な会議の代表格に教授会が挙げられるほど、日本の大学の会議の水準は極めて低いのが実情かと思います。花火を打ち上げると、何か新しいことを始めたような気になりますが、むしろ重要なのは「捨てる」ことです。既存の取り組みを見直して改善に繋げることこそ、本当の業務改善だと思いますので、トップのリーダーシップでここまでできる!ことは驚きです。
これが文部科学省が求める教学マネジメントの代表例のひとつかと思いますが、各大学でも実現できるか否かは難しいのではないかと感じます。ただ、非常に優れた事例なので、やり方をそのまま真似ようとするのでなく、考え方の転換という点で参考にできます。
その他、個人的には研究発表で伺った京都産業大学と佛教大学の若手職員による自主的勉強会の運営についての発表は、自分自身が職場で勉強会を主催している身として、頷ける点もありつつ、大学間連携SDでメッセージカードを活用して、先輩後輩間の相互認識を共有化するワークショップの取り組みなど、とても参考になりました。なお、10月20日(日)に開催される大学コンソーシアム京都のSDフォーラムでも、京都産業大学の中原さんが「職場がつながる場づくり 〜若手職員を中心とした自主的勉強会の実践知に学ぶ」と題した分科会報告を行いますので、こちらも要チェックですよ!*6
以上、とても簡単なまとめですが、参加記録です。来年度の総会は仙台の東北学院大学で開催されます。それではまた来年!
*1:「ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書」 http://goo.gl/VBO1nO
*2:私学事業団発行の「月報私学」に掲載されている「大学経営とIR活動」が面白い http://d.hatena.ne.jp/high190/20110822
*3:ニッセイ基礎研究所のIR(Institutional Research)に関するレポートが分かりやすい http://d.hatena.ne.jp/high190/20121127
*4:IR室を設置 http://www.saga-u.ac.jp/viewnews.php?ui=c2FnYXUyMDEx&fd=dG9waWNz&newsid=108
*5:佐賀大学IR室の概略 http://www.saga-u.ac.jp/koho/torikumi/04.pdf
*6:第11回SDフォーラム http://www.consortium.or.jp/contents_detail.php?co=cat&frmId=2624&frmCd=8-11-2-0-0