Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

平成22年度自殺対策白書に見る大学生の自殺対策

high190です。
突然ですが、内閣府が「自殺対策白書」というものをまとめているのはご存知でしょうか。
これは平成18年に施行された自殺対策基本法を受けて、平成19年度から発行されているものです。ご存知の通り、日本は年間の自殺者が3万人を超える世界有数の国のひとつです。これもストレスフルな現代を象徴するものだと言えるでしょう。
さて、今年の自殺白書に大学における自殺の予防に関する事例紹介がありましたので、取り上げたいと思います。


社会情勢の悪化による就職難や、大学院大学化など教育体制の変革に伴い、大学生のメンタルヘルスは確実に悪化しており、自殺への対策は急務といえます。
筑波大学は、学生の自殺死亡率が年間平均18.6人/10万人と、他大学の報告に比較して決して高くありませんが、開学当初より精神科医と心理教官を保健管理センターに常勤配置し、メンタルヘルス対策に積極的に取り組んできました。
また、昭和57年に群発自殺が生じたことを契機に、<1>ホットスポットへの物理的対策、<2>学生相談電話の設置、<3>自殺予防マニュアルの全教職員への配布、<4>「こころの健康委員会」の設置、<5>大学新聞や広報誌を用いた自殺予防の啓発、<6>入学時UPIスクリーニング検査と呼び出し面接の実施、<7>自殺既遂学生の分析など、他大学に先んじた自殺対策を講じてきました。
しかし、最近の保健管理センター精神科の受診件数は増加の一途にあり、平成21年度は不幸にも例年に比して自殺者数が増加しました。また4年間の学部生生活で、精神科受診者の25%が希死念慮を持ち、うち半数以上が自殺企図するという深刻な状況も明らかとなりました。

上記の対策を見ても、様々な手段で自殺の予防を図ろうとしているのが読み取れます。私が勤めている大学でも入学時にUPIスクリーニング検査を実施し、結果に問題のあった学生のフォローは継続して実施するようにしています。ちなみにUPIとはUniversity Personality Inventoryのことを指します。大学生のメンタルヘルス調査です。

そこで本学では、「自殺対策は大学のリスクマネージメントである」という意識のもと、新たな取組を始めています。
具体的には、<1>学生の自殺対策を主とする教官へのFD(Faculty Development)研修、<2>学生の自殺危機がおきた際の連絡網の整備、<3>教官対象に、学生のメンタルヘルスへの具体的対応を示した「学生生活支援マニュアル」の作成・配布、<4>学生対象に、緊急時の相談連絡先を記した連絡カードの作成・配布、<5>サークルの部長等を対象に、リーダー研修会でのゲートキーパー研修、<6>新入学生保護者を対象に、学生のメンタルヘルスに関する注意喚起と危機の際の協力依頼を主旨とする文書の作成・配布を行いました。
大学生の自殺対策は、親元を離れて独居している者が多いことから生活状況の把握や自殺危機に際しての安全確保が難しい、自主独立を尊ぶ大学教育の理念やプライバシーの尊重から保護者や教官の間で情報を共有しにくい、といった特有の課題を抱えています。これらの課題を乗り越えるべく、今年度は新たに、メンタルヘルスのみならず複数領域の教官からなる「学生支援・自殺対策ワーキンググループ」を組織し、学生のメンタルヘルスの実態把握、有効なアウトリーチ手法の開発、群発自殺を防止する事後対応ガイドラインの策定など、更なる全学的、総合的な自殺対策を展開していく予定です。
従来、大学生の自殺対策は、個々の大学により様々でした。しかし、未来を期待された大学生の自殺が周囲に及ぼす影響は測り知れません。今後は一大学の取組にとどまらず、大学間連携や官学連携による全国的な実態調査や実効的な自殺対策が望まれます。

恐らく、筑波大学ほどの対策を講じている大学は全国でも数えるほどでしょう。しかし、これだけの対策を講じている大学ですら、前年度は自殺者が増えているのです。平成22年度の学校基本調査・速報における大学学部の就職率は60.8%であり、個々の資質の問題ではなく現在の社会情勢・景気を反映して、将来に不安を抱えて生活している学生が多いことを我々大学関係者は頭に留めるべきでしょう。
また、各大学においては上記の筑波大学等の事例を参考にして、個々の大学の特性に合わせた学生のメンタルヘルスケア対策をどのように行うべきか、本気で考えなくてはいけないのではないでしょうか。「自殺対策は大学のリスクマネジメント」というのは本当だと思いますし、もっと深刻に受け止めなければならない問題であると思います。