Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

東京大学が大規模オンライン講座サイトのCourseraに参加

high190です。
最近、大学界隈を賑わしている言葉のひとつにMOOC(ムーク)があります。これはMassive Open Online Coursesの頭文字を取ったもので、オンラインで世界のどこからでも大学の授業を聴講することができるシステムです。従来のオープンコースウェアをさらに発展させたものと考えると分かりやすいかも知れませんね。
ちなみに、MOOCの代表例をいくつか挙げるとCoursera,edX,Udacityなどは名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。この中でも最も多くの大学が参加しているのがCourseraです。
このCourseraに東京大学が参加を表明し、講義の一部が英語で提供されることになって話題を集めています。


このたび東京大学(総長 濱田純一、以下「東大」)は、コーセラ社(Coursera, 米国カリフォルニア州マウンテンビュー, CEO Andrew Ng, Daphne Koller、以下「コーセラ」)との間で大規模公開オンライン講座(MOOC)配信に関する協定を締結しました。大規模公開オンライン講座 (MOOC:Massive Open Online Course)は、オンラインで誰でも無償で利用できるコースを公開し、修了者に履修証を発行するサービスであり、ハーバード大学スタンフォード大学プリンストン大学など世界トップクラスの大学が相次いで参入し、急速に普及しています。
東大は、国境を越え世界に最先端の知を届ける方法のひとつとして、コーセラのプラットフォームを利用して、大規模公開オンライン講座を配信する実証実験を行います。これは日本で初めての試みになります。2013年秋をめどに、英語による講義として、政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット長・大学院法学政治学研究科 教授 藤原帰一による「戦争と平和の条件(Conditions of War and Peace)」と、カブリ数物連携宇宙研究機構 機構長・特任教授 村山斉による「ビッグバンからダークエネルギーまで(From the Big Bang to Dark Energy)」を配信します。この2コースをあわせ、世界各国から数万人の利用を予想しています。履修者の学習状況や成績の分布に関して研究するとともに、オンライン講座と対面授業を組み合わせる「反転授業 (Flipped Classroom)」についても試行的実践と評価を行います。

東京大学は国際化推進を目的に秋入学への移行準備を進めていますが、入学時期の変更は多くの関係機関との調整を要するため、実現は容易なことではありません。しかし、Times Higher Educationの世界大学ランキングでも指摘されている通り、国際化への対応の遅れが重くのしかかっていることも事実です。事実、今年の調査でも"international outlook"のポイントは27.6でした。このように教育研究だけでなく国際化への対応は東京大学が世界のリーディング・ユニバーシティを目指すにあたって避けては通れない関門だと思います。*1

その点、Courseraで英語の講義を開講することは、東京大学の存在を世界的に知らしめる上でも広報効果がありますし、共通プラットフォームの下で、教育研究のレベルを世界の一流大学と競うことができるのは、国際化に大きく寄与するのではないかと思います。*2個人的には、時間のかかる秋入学よりMOOCに参加した方が国際化を進める効果があるのでは?と感じますので、今回の措置はとても良かったと思います。まずは2コースが提供されるそうですが、少しずつ英語で提供する講義を増やしていくことが、国際化への足がかりになるのではないでしょうか。

また、アメリカではMOOCのさらなる深化を目指した意欲的な取り組みも始まっています。Courseraは提供されているうちの5コースが、米国教育協議会が実施する大学単位推薦サービス「ACE」(American Council on Education’s College Credit Recommendation Service)正式な単位として認定されることになったことを公表しています。*3


大規模オンライン講座サイト(MOOCs:Massive Open Online Coursesと呼ばれている)の米Courseraは7日、Courseraの講義を大学の単位として認定されることになったと発表した。
Courseraの5つの講義について、米国教育協議会が実施する大学単位推薦サービス(ACE CREDIT)が大学の単位習得に相当するとの認証を与えたとしている。
米国の大学では、大学以外で行われた教育が高等教育レベルに達しているかどうかを判断するためにこのACE CREDITが用いられている。ACE CREDITが推薦した講義は、大学側が認めさえすれば、その大学で単位として認められる。ただし、必修単位、専門単位などどの種類の単位として認められるかは個々の大学によって異なる。
今回のCourseraの発表により、Courseraで該当講義を修了した学生も、大学によっては単位認定を受けられることになる。
ACE CREDITが現時点で認証した講義は以下の5つ。
カリフォルニア大学アーバイン校の「Pre-Calculus(微積分入門)」「Algebra(代数)」、デューク大学の「Introduction to Genetics and Evolution(遺伝と進化入門)」「Bioelectricity: A Quantitative Approach(生体電気:計量的手法)」、ペンシルバニア大学による「Calculus: Single Variable(一変数微積分)」。いずれも学部レベルの単位となり、単位認定試験受験には追加費用が必要だ。
また、試験に関しては現在ProctorU社との提携を進めており、学生はウェブカメラによって監督を受けながら受験できるようになる計画だ。
今回の発表についてデューク学長Peter Lange氏は、「我々は、教育できる範囲を拡大し、これがなければ我々の教員にアクセスできる権利を持っていない学生に単位を提供するために、私たちのMOOCコースを使って新しい方法を試せるこの機会に興奮している。MOOCsは多くの場合、個々の大学の創造性との組み合わせによって、米国および世界中の学生が利用できる教育サービスに道を開き、豊かにする大きな可能性を持っている」とコメントしている。
大規模オンライン講座は2012年に急速に広がり、今回の発表を行ったCourseraだけでなく、Udacity、edXなどに多数のエリート大学が参加し、多くの場合無料講義を実施している。教育効果を高めるために、講義は比較的短めで、ゲームなどの娯楽的要素を組み込んだり、インタラクティブなアプリを使用したりするなど、様々な工夫が凝らされている。また受講者同士のコミュニケーションを図るためのフォーラムが設けられることも多い。
MOOCsが注目を集めているのは、大学教育の効果に疑問を持つ声が上がり始めていること、高い授業料などの経済的負担などが背景にある。一方でMOOCsが収益を上げる手段を持っていない問題も指摘されている。一部で修了書発行手数料や教授が在籍する大学へのライセンス料などがビジネスモデルとして議論され始めたのが現状だ。その意味でも、今回大学単位認定が認められたことは大きな一歩となりそうだ。

MOOCでの単位認定は、大学に入学せずとも単位修得が可能になるため、大学教育の質的転換を一気に加速させる可能性があります。以前にカーネギー財団が新たにコンピテンシーに基づく単位制度への転換可能性の研究を始めていることをお知らせしましたが、このこととあわせて、従来の時間あたりで学修成果を図ることができない状況が多く出てくること考えられるので、大学の学修に関する「単位」の考え方についてもコンピテンシ―やパフォーマンス評価*4などのアウトカムベースの学修への転換がおこる可能性があります。というかそうなっていかなくてはいけないのだと思います。*5 *6
日本においても、昨年8月に公表された大学教育の質的転換をテーマにした中教審答申を踏まえて、アクティブ・ラーニングの推進が現在様々なところで議論されていると思いますが、グローバルな動きを踏まえて考えてみるとMOOCのような新しい取り組みに対しても常に動向を把握することが大切なのではないかと思います。また、学修というものをMOOCの出現で捉えなおす視点も必要です。より良い学修環境の提供という点で大学図書館の存在が見直されている中、MOOCと大学図書館が今後どのように関わり合いを持つのかも把握しておきたいところです。*7

MOOCの出現によって、また大学教育について知りたいことが増えました。これからも引き続き情報収集に努めていきたいと思います。

*1:University of Tokyo WORLD RANK 2012-2013 http://www.timeshighereducation.co.uk/world-university-rankings/2012-13/world-ranking/institution/university-of-tokyo

*2:公開オンライン講座(MOOC)本格普及で米トップ大学の講義もコモディティー化する http://www.newsweekjapan.jp/column/takiguchi/2012/07/post-529.php

*3:Five Courses Receive College Credit Recommendations http://blog.coursera.org/post/42486198362/five-courses-receive-college-credit-recommendations

*4:育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会(第2回)配付資料 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/095/shiryo/1330122.htm

*5:アクティブ・ラーニングと中教審答申をめぐる高等教育研究者の議論を聞いてきました http://d.hatena.ne.jp/high190/20121226

*6:Carnegie, the Founder of the Credit-Hour, Seeks Its Makeover http://chronicle.com/article/Carnegie-the-Founder-of-the/136137/

*7:研究図書館がMassive Open Online Courseに関わる際の法的・政策的な課題は? ARLがイシューブリーフを公表 http://current.ndl.go.jp/node/22153