Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

大学が抱える「モチベーション」に関する問題点

high190です。
今日の標題のとおり、大学では「モチベーション」をいかに維持・向上させるかということに問題があるのでは?と私は感じています。
そんなことについて、やはり他大学でも同じような思いを抱えている人がいるみたいです。

全入時代の大学教員の大変さが、読者の声からも読みとれる。
「大学教員にも免許の更新制のようなことができないものか」というメールが届いた。大学で英語の非常勤講師をする大阪府の男性(57)からだ。
「専任教員になれば、ひどい授業をやろうと安泰。こんなばかなことが、いつまでも許されるわけがない。教師力の乏しい人は大学を去るべき。大学教員という職業人にメスを入れるべき時が来ている」
全く正反対の見方をしたのが、ドイツの大学に通う女性(28)だ。「あまりの違いにびっくりした。日本の大学の教授がかわいそう」。新入生に対する指導術を全教員に身につけさせようとする大学の取り組み(7日付)を読んだ感想だった。「ドイツでは、プレゼンテーション(発表)ができず、論文も書けない大学生は考えられない」と言う。
「大学の教授は、専門に通じた研究者で、教育者ではない。自分の専門分野を次世代に知ってもらうために教えている。高等教育を受ける能力のない人間に大卒の資格を与えるのは、国際的に見ても奇妙だ」。確かに正論には違いない。


今春まで社会人学生だった東京都内の会社員(50)も現実をよく知る立場だ。「確かに学ぶ姿勢に欠けた学生は少なくない。講義を聴くマナーの悪い学生も多かった。そんな中でも、大教室で彼らの関心を呼び起こし、一定の緊張感を保って講義に聞き入らせる教員がいた」
一方で、「大学教員の多くは『指導力』という言葉を切実に受け止めてはいないようだ」と指摘する。「人を引きつけて話す力は、持って生まれたものではなく、技術的な要素が多い」「現代の学生の知的好奇心は低くはない。それを引き出してあげるのは教師力の大きな要素。エデュケーション(教育)の語源(ラテン語で『引き出す』)を今一度、思い出してほしい」
埼玉県で今春まで小学校の校長で、来春から大学の教壇に立つことを打診された男性(60)からは「記事を熟読し、現在の大学はこんなに厳しいのかとあぜんとした」というファクスが届いた。

記事中にもあるように、専任教員でモチベーションの低い人は確かに存在します。私が学生時代にも感じたことがありますし、今現在大学で仕事をしていて学生から訴えを聞くこともあります。与えられた「専任」という椅子に座ってしまい、向上心を失ってしまう人がいることも事実です。
こういった現状を鑑み、過去記事でも書きましたが、日本でもテニュア制度の導入を真剣に検討する必要が出てきているのではないかと思います。

[過去記事] 大学の授業を公開するのは難しい?(2007/07/13)