Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

ジョン・ヘンリー・ニューマンの「大学の理念」を巡って

high190です。
先日某所で標記の人物に関する講演を聞くことができました。

ジョン・ヘンリー・ニューマン - Wikipedia

ジョン・ヘンリー・ニューマンはイギリスの神学者で、当初はイギリス国教会(現在の聖公会)に属し、オックスフォード大学のトリニティカレッジなどで神学研究をしていたそうなのですが、その後カトリックに改宗して晩年には枢機卿となった人物です。カトリック改宗後、アイルランドカトリック大学を創設するよう司教団から学長に任命されたそうなのですが、*1その際に発表したのが「大学の理念(The Idea of a University)」と呼ばれる書籍です。

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恐らく日本語での解説論文などがあるだろうと思って調べてみましたが、原文がWEB公開されていたので引用します。ニューマンを研究する機関があることも、*2ニューマンの名を冠した大学がイギリスとアメリカにあることも調べるうちに分かりました。*3 *4

日本語での解説論文については、以下の二つが見つかりましたので引用します。それぞれの解説論文を読むと以下のような箇所が出てきます。

中世の初期に確立されたリベラルアーツは、カロリング・ルネサンスの産物であり、貴族の子弟たちが、聖職者や官吏として活躍できるよう、教会附属の学校で教育したことに端を発する。その目標とすることは、(1)リーダーの育成、(2)徳育主義、(3)教育重視、(4)人格形成、(5)古典主義、(6)教条主義、(7)教育のための教育であり(Kimball,1995,pp.53-55)、ほぼ、ニューマンの理想と重なる。
(中略)
ただし、ニューマンの主張は、ヨーロッパ中世のリベラルアーツ観によって、すべて説明できるものでもない。次に述べるように、ニューマンの理想には、イギリス人として、16世紀以降に登場したイギリスにおける「紳士」の伝統が色濃く反映されており、特に、彼が強調する統合力や人格的影響力は、イギリスにおける「紳士」の伝統を抜きに語ることはできない。

そこで、今日、必要なことは、ロバーツのように、ニューマンの時代と現代との社会情勢の違いを指摘して、ニューマンの議論はすでに妥当性を失っているとするのではなく、彼の理念を現代の状況に読み替えることであろう。
(中略)
最後に、探究心や批判精神を推奨する近代の大学は、知性の開発や研究活動の推進に比較して、人生観や宗教観など人格形成に関わる部分において、文化の継承を行なっておらず、学生を精神的には放置しているという事実があげられる。この問題は、今日、より深刻になっており、かつてのヨーロッパや日本の大学が主張していたように、人格形成は中等教育段階までで完成すべきであるという原則論では対応できないのが実情である。
そこで、大学における宗教や神学の役割が重要になるのであるが、ニューマンの述べるように、宗教の理念を徹底することによって、寛容性や多様性を実現するという主張は、キリスト教的基盤を持っていた欧米の大学においても困難になりつつある。そのため、マースデンが述べるように、むしろ多元主義の一環として、科学的・実証主義的な思考と宗教的な思考の特性・限界を理解することと、せめて大学が宗教的な議論を行う余地を認めることが必要であろう。この点に関して、ニューマンの『大学論』自体が、カトリシズムの視点によって、近代主義を克服するという貴重な事例を提供していると思われる。


-ジョン・ヘンリー・ニューマンの「大学の理念」(出典:片山寛,西南学院大学学術研究所神学論集68巻,2011年3月)

私たちが勤務する近代の大学というものは,基本的にはこのような理念に基づいて誕生したのです。いわば大学の理念の原型というべき思想がここにはあります。
(中略)
1854年からアイルランドのダブリンに創設されましたカトリック大学の総長に就任しましたが,ダブリンの大司教と対立したために,一期だけで辞任しました。背景には複雑な事情があります。当時は,アイルランドはまだ英国に合併されておりまして,独自の議会を持つことも許されませんでした。カトリック教会も厳しい状況にありました。17世紀にクロムウェルアイルランドを征服したときに,カトリック教会の教会領は数多く没収されていたのです。アイルランドの人口の90%以上がカトリックだったのですが,教会経済は厳しかった。そんな中でダブリンにカトリック大学を創立することは,カトリック教会にとっても大きな決意を要することでしたし,またそれはアイルランド独立運動とも結びついていたのです。ニューマンは,そのような事情は当然よく知っていたのですが,大学を教会の支配下に置くことに対しては抵抗します。『大学の理念』を読めばよくわかりますが,ニューマンは,大学における教育は国家や教会に支配されない,自由なものでなければならないと考えていました。

片山先生はニューマンの大学の理念で「大学論として多くの国の教育制度に影響を与えたのは,主に5,6,7講」と述べておられまして、その中で特に大学教育に必要と思われる箇所について翻訳を以下のように紹介しています。また、ニューマンは長年オックスフォードで教鞭をとっていましたが、カトリック教会に改宗した際、オックスフォードから離れざるを得ませんでした。しかしながら、カトリックの大学創設にあたってもオックスフォードの理念、学問の自由を強調したことにポイントがあると思います。
また、片山先生はニューマンが捉えていた大学の目的を以下のように説明しています。

「リベラルな教育は,キリスト教徒を養成するのでもなく,カトリックを養成するのでもなく,紳士(gentleman)を養成するのである。紳士になるのもよし,教養ある知性,デリケートな趣味,率直で公平で冷静な精神,処世において高貴で礼節ある態度を持つこともよい。これらは,広大な知識から同時に生ずる性質である。これらこそ,大学の目的なのである。」(p.89)
(中略)
大学の知性的訓練の目的は,学習(Learning)や獲得(Acquirement)ではなく,むしろ知識の上に訓練される思想(Thought)あるいは理性(Reason)である。それは哲学(Philosophy)と呼んでもよいものである。」(p.101)

大学の目的は,学生の精神を拡張することであり,広い視野からものごとを判断する力を養成することです。その目的のためには,定期試験や単位取得制度によって学生を管理する,つまり私たちの現代の大学がまさにそのようであるような大学よりも,ただ数年間を先達(チューター)と共に生活しながら学ぶことのできる,カレッジ(学寮)の方がはるかに優れている,とニューマンは考えていました。
(中略)
ニューマンが否定しているのは,それらの技能が教育の目的だとする功利主義(utilitarianism)の考え方であります。つまりそれらの職業的技能はもちろん大切でありますが,知的訓練の結果としての知識(knowledge)は,それらの技能をどのように用いるべきかという,統御(rule)に関わっているというのです。この知性そのものの訓練に関わる教育は,一般教養(Liberal Education)と呼ばれます。私たちは一般教養と言うと,大学教育の基礎課程であって,専門教育の方が上位にあると考えがちですが,ニューマンは,これは基礎でありつつ大学教育の最終目的でもあると考えているのです。

大学の理念の原型として知られるニューマンの説について、私自身が不勉強であることが大きいとは思うのですが、あまり日本では知られていないように感じます。吉永、片山の両先生が解説しているように教授した知識の統合こそリベラルエデュケーションだと思いますし、ニューマンの理念は現代の大学にも通じる根本的な意義を問いかけているように感じます。その反面、吉永先生が指摘するようにニューマンの理念を現代的に読み直すこと、具体的には各大学が「大学の理念」に照らして現代的な意義を捉え直すことが必要です。

また、論文中に出てくるチュートリアルやカレッジシステムについては、苅谷剛彦先生が書いている「イギリスの大学・ニッポンの大学」で詳しく紹介されていますので、興味がある方はご一読ください。ニューマンが優れているとしたチュートリアルやカレッジシステムは、現代でもオックスフォードやケンブリッジに生きています。それを支える仕組みがどうなっているかを知ることは意味のあることです。
直接的にはニューマンと関係しませんが、今年のTimes Higher Educationの"World University Rankings 2018"ではオックスフォードが1位、ケンブリッジが2位となっています。*5

以上のように、ニューマンの「大学の理念」からは大学教育への現代的な示唆が多く含まれていると私は思います。拝聴した講演は高等教育にフォーカスしたものではなかったのですが、オックスフォードでの教授生活、学長として発表した「大学の理念」など、教育機関で働く者の一人として興味深く聞くことができました。講演を伺ってその他に面白い、と思ったことをいくつか書いておきます。

  • ニューマンの霊性を知るためには、単一の著作のみで理解することが難しく、複数の著作を年代別に見て背景をよく知らなければ正しく理解することができないこと。
  • ニューマンの霊性を形作ったのは「疑いに向き合う態度」であり、探求すること、理解することが核であること
  • ニューマンと対立したマニング枢機卿がレールム・ノヴァールム*6 *7の基礎となる活動をしたこと
  • グラッドストーンイギリス前首相が出した教皇不可謬の宣言に対する反論「ノーフォーク公への手紙」によって、実質的な政教分離に繋がったこと
  • 有名な言葉:to live is to change, and to be perfect is to have changed often. (生きることは変わること、完全とは何度も変わることである)

ニューマンのことを知ることができたいい講演会でした。*8現在の日本の大学は政策的にも岐路にある場面ですので、古典から大学の本質を捉え直す努力を積み重ねていかないといけない、そのためのきっかけを私に与えてくれたのではないかと思っています。
ちなみに今回のブログを書くにあたって、Twitterでいいサジェッションを頂戴したことに感謝します。