Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

日本の大学経営に必要な"人材体制"とは

high190です。
産業界と大学との関係性が変化してきていることについて、最近色々な場面で資料等から感じます。ある意味、国家戦略としての大学改革を産業競争力会議などで主導し、その議論をベースに大学改革の諸政策が動いているということです。
では、そういった議論の下地はどのように作られているのでしょうか。そのポイントとなるひとつのイベントが日本経団連主催で開催されていましたので、そちらの内容を踏まえながら、大学の現場で働く者の目線から捉えなおしてみたいと思います。なお、本稿は主として国立大学法人を対象とした内容になると思われますが、現状の国立大学改革に関する流れや懸念材料などを詳細にまとめたブログがありますので、そちらをリーディングアサインメントとして読んでいただければ、より理解が深まると思います。*1


21世紀政策研究所榊原定征会長、三浦惺所長)は15日、都内で第114回シンポジウム「研究開発体制の革新に向けて―大学改革を中心に」を開催した。研究プロジェクト「ナショナルシステムの改革方策に関するプロジェクト」(研究主幹=橋本和仁東京大学大学院教授)の研究成果を紹介するとともに、特に注目されている大学改革を中心に議論した。

■ 研究報告「研究開発体制の革新に向けて」

冒頭、橋本研究主幹が、大学改革、研究開発法人改革、科学技術イノベーション拠点の形成、産業界の変革について研究報告を行った。政府は、成長戦略の推進にあたってイノベーションを重要視し、特に大学の役割が不可欠であるとして「大学改革」を進めていると解説。国としてのイノベーション創出のシステムをつくるためには、産学官の連携拠点をつくり、大学と研究開発法人がそれに向けた制度改革を行い、産業界も協力して産学官が一体となって連携を推進することが重要であると指摘した。また、「尖ったサイエンスから生まれる真のイノベーション」を得るために、産業界は大学を育てることに対して当事者意識を持ってほしいと述べた。

■ 講演「アメリカにおける大学改革とグローバル戦略」

続いて、上山隆大・政策研究大学院大学副学長が講演を行い、キャッチアップ型の経済から抜け出すためにはまったく新しいイノベーションが必要であり、それを担うのが、新しい知識、アイデア、構想、概念をつくり出すための実験場である「研究大学」だと指摘。
アメリカの大学はかつて今の日本と同じような状況に置かれていたが、1980年代に、国家戦略として技術移転、知的財産を重視するように変革するなかで、大学の収入を多様化して財務基盤を強化するとともに、大学本部のガバナンスとマネジメント力を強化して、大学全体の戦略を考えた資金配分を行い生き残ったと説明した。そのうえで日本の大学改革について、産業界が積極的に関わり、投資することが非常に重要であると述べた。

■ パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、澤昭裕・21世紀政策研究所研究主幹をコーディネーターに、上山氏、須藤亮・経団連未来産業・技術委員会企画部会長、橋本研究主幹の間で、会場からの質疑も交えた活発な討議が行われた。

須藤氏は、実現すべき日本の姿を産学官で共有することが重要だと指摘。大学は経営的な視点を持ち、教育や研究をビジネスとしてとらえる観点が必要だと訴えた。さらに大学も変わってきており、(1)大学を育てる意識(2)産学官連携でオープンに研究開発する領域の拡大――等について、産業界としても早急に議論する必要があると述べた。

上山氏は、アメリカにおけるプロボスト(研究・学術担当副学長)のような大学経営ができる人材を育成する必要がある等を指摘した。

橋本研究主幹は、(1)実現すべき日本の姿を産学で共有するのは容易ではないが、政府の科学技術基本計画がこれに相当する(2)大学に経営人材が育つのを待っていられず、今ある人材で対応しなければいけない(3)産業界とさらなる意見交換をしたい――と述べた。

さて、色々と取り上げていきたい点がありますので、順番に書いていきます。
まず、上山隆大教授が指摘するアメリカの大学における1980年代の議論についてです。この点については、上山先生が産業競争力会議文科省の会議で発表されている資料を見れば、大凡の流れが掴めるかと思います。*2 *3また、私のブログでも取り上げさせてもらったことがあります。*4アメリカが1980年代に大学の危機をどのようにして乗り越えたのか、その点を多くの場で話されています。なお、このことに関連しては、上山先生が2010年に書かれた以下の著書を読むと、より理解が深まると思います。

上記の発表資料のうち、産業競争力会議での発表内容から一部を引用します。

アメリカの大学の財務環境は激変している。そしてそれは世界の大学の潮流でもある。日本の大学の財務状況は、国立大学の運営費等交付金の一律削減の影響や、18歳人口の減少によって悪化しているが、諸外国と較べればその減少の度合いはそれほどではないし、日本の大学行政は、むしろ安定している。問題は、諸外国の大学が自らの力で財務環境を改善する努力を重ねているのに対して、日本の大学の財務マネジメントには、それを追究する自由と気概が失われていることである。また、民間からの寄付を含めた活動が欠かせないにもかかわらず、そのような努力が「公的」あるいは「国家的」な利益に直結するという認識に欠けていることに問題がある。

(中略)

ハーバード大学では、80年代に入ると Office of Presidentの人件費が急速に増大している。つまり、全大学のビジョンを決めマネジメントを行なう体制が急速に発展したことを示している。

このように財務マネジメントを柔軟に行えるような体制を整備すべきという意見です。また、ハーバード大学においてOffice of Presidentの人件費が急激に増大していることに触れています。これは、大学がマネジメント能力のある人材を集め、ガバナンス体制を強化していったということを証するものです。また、先に紹介した日本経団連のシンポジウムや産業競争力会議において、上山先生はプロボストの重要性を掲げています。では、プロボストとはどのような人物を指すのでしょうか。また、日本の現行法令等において実現可能性があるか否かを整理しておきたいと思います。現行法令において可能か否かですが、今年4月から施行された改正学校教育法において、副学長の職務を明確化する条文が新たに設けられました。*5

(1)副学長の職務(第92条第4項関係)
副学長の職務は,これまでは「学長の職務を助ける」と規定されてきたが,学長の補佐体制を強化するため,学長の指示を受けた範囲において,副学長が自らの権限で校務を処理することを可能にすることで,より円滑かつ柔軟な大学運営を可能にするため,副学長の職務を,「学長を助け,命を受けて校務をつかさどる」に改めたこと。

このように、アメリカの大学におけるプロボストのような職務を担う機能については、法令面ではカバーされたところです。しかしながら、先に私が紹介したブログ記事「教育再生実行会議による提言は大学ガバナンスの向上に資するのか」でも指摘したところですが、アカデミック・アドミニストレーター(教学管理職)をどのように育成していくか、という点の議論はまだまだ足りていないのではないかと思います。また、LEAP研修でアメリカの大学を直に体験した方のお話を聞いたときにも、プロボストのことが頻繁に語られていたことが印象に残っています。*6では、この点に関する先行研究があるか否かですが、こちらについては、科学研究費補助金の奨励研究にて「大学戦略マネジメントにおけるマネシャー職の再定義と組織化に関する研究」が行われ、成果報告書が公開されていますので、こちらでご紹介したいと思います。この研究成果をまとめられた吉崎誠さんは、当時、国際教養大学に勤務されていました。現在は関西外国語大学で事務局長をお務めです。*7


(1)研究目的:
本研究は、マネージメントのあり方を視野に収めて、国立大学法人化後の大学経営に求められるようになった戦略計画(中期目標・中期計画)の形成のプロセスのあり方と、それを実践するマネジャー職の役割について検証するものである。
(2)研究方法:
このために、戦略計画の構造・内容に係る先行研究を整理するとともに、本研究の底本となった"Strategic Planning for Public and Nonprofit Organizations-Rev.ed."(1995;Jossey-Bass)の著者であるJohn M.Bryson(Professor,University of Minnesota)に、大学組織における戦略計画の構造、策定過程などについてインタビューを行った。また、米国の主要な大学の戦略計画をWebから得るとともに、ミネソタ大学、オレゴン州立大学を訪問し、戦略計画の形成過程、マネジャーの係わり等に関して、トップマネジャー(副学長)やミドルマネジャー(学部長)、これらを支援するInstitutional Research Officeの所長などの担当者へのインタビューを試みた。また、日本同様に、最近大学の法人化に踏み切った台湾の国立臺灣大学、真理大学、開南大学を訪問し、トップマネジャー(学長、副学長)およびミドルマネジャー(学部長など)へのインタビューを行い、大学における戦略計画に係わる情報を収集した。
(3)研究成果:
戦略計画は、いまや大学におけるマネージメントを語る上での共通のツールとなっていると言っても過言ではない。それは、プランニングされたビジョン・戦略・計画などを組織の内外に対する最も重要なコミュニケーションとなっている。
これら戦略計画は、アメリカの大学では、トップダウンボトムアップのミックス型で形成されている。タスクフォースを形成し、内部環境分析・外部環境分析を行い、多くの構成員が数年をかけ議論し策定に至っている。また、いい提案は他のタスクフォースに紹介し、各タスクフォースの意見に傾聴するなどProvost(副学長)の果たした役割が大きいが窺われた。他方、戦略計画の導入に日の浅い日本および台湾の大学における戦略計画は、トップダウン的な手法により策定している傾向にあり、戦略計画にも進化のフェーズがあることが見てとれた。
今後の課題としては、日本の大学において戦略計画(中期目標・中期計画)を経営にいかに浸透させるか、またマネジャーの果たす役割などについて、引き続き検証していきたい。

上記の研究成果では、大学における戦略計画の策定・実行に関する諸外国の大学マネジャーに対するヒアリング結果をまとめたものですが、戦略計画の策定にあたって、タスクフォースとの関係におけるプロボストの役割に関する言及があります。このような点は日本における大学ガバナンスの進化にあたって、非常に重要な示唆を持っていると思います。戦略計画とは?という点では、私のブログで紹介したことがありますので、そちらもあわせて参照していただければと思います。*8国際教養大学は、英語のみの授業・留学の必須化を推し進めた先駆的な大学ですが、加えて教授会なども英語のみで実施するなど、ガバナンス面でも欧米のモデルを取り入れた大学であると思います。そうした大学を作るところから参画していた方が上記のような研究を行われていることは、興味深いと思います。
これまで挙げてきたように、大学のガバナンスに関わるプロボストの重要性は様々な人物が指摘しているところです。しかし、プロボストにはどういう人物がなるべきか?という問いには明確な答えがないのも事実です。このことからも、各大学においてガバナンスの重要性を理解し、自学のミッションに適合する人材を配置(外部からのリクルーティング、内部での育成の両面)していくことが求められています。
また、職員においても、大学組織の構成員の一員として、上記のような動向を理解して、ガバナンスの向上にあたって自分がどのような形で参画していけるのかを考えなくてはいけないのではないでしょうか。

*1:ここ最近の大学改革の流れと今後の国立大学。(大学職員の書き散らかしBLOG) http://kakichirashi.hatenadiary.jp/entry/2015/06/12/001130

*2:大学のガバナンスと戦略力の強化(2014年11月19日 産業競争力会議「新陳代謝・イノベーション WG」) http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/wg/innovation/dai3/siryou2-1.pdf http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/wg/innovation/dai3/siryou2-2.pdf

*3:大学財務から見た研究経営の戦略的マネジメント(2015年5月14 (木) 競争力強化に向けた大学知的資産マネジメント検討委員会@文部科学省) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu16/008/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2015/05/29/1358325_5_1_1.pdf http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu16/008/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2015/05/29/1358325_5_1_2.pdf

*4:教育再生実行会議による提言は大学ガバナンスの向上に資するのか http://d.hatena.ne.jp/high190/20130610

*5:学校教育法及び国立大学法人法の一部を改正する法律及び学校教育法施行規則及び国立大学法人法施行規則の一部を改正する省令について(通知) http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1351814.htm

*6:LEAPプログラム参加の大学職員による研修報告を聞いてきました http://d.hatena.ne.jp/high190/20120730

*7:http://www.rcus.tsukuba.ac.jp/news/2013news/201402workshop.pdf

*8:日本の大学が海外の大学から学ぶべきものは何か?リーズ大学(University of Leeds)の戦略マップに学ぶ http://d.hatena.ne.jp/high190/20111124