Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コース設立10周年記念シンポジウム「大学経営・政策人材と大学院教育」に参加してきました

high190です。
3月28日(土)に開催された標記のシンポジウムに参加してきました。東大の大学経営・政策コースといえば大学職員なら一度は聞いたことがある大学院ではないかと思います。過去にこのブログでも取り上げさせてもらいましたし、*1知人に修了生がいるので参加するのが楽しみなイベントでした。今回も内容について、簡単に所感をまとめてみましたが、理解違いなどがある可能性がありますので、悪しからずご了承下さい。


開会の辞 山本清氏(東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コース教授)

  • コース開設10年目。元々は修了生とコースが共催する大学経営・政策フォーラムを開催する運びになった。
  • 開催に当たって申し上げたいのは、本コースはビジネススクールでもなくポリシースクールでもないこと。学術的なことを研究しながら実践的なことを学ぶのが特色である。その中で専門職的なことをいかに両立していくかが今後の発展に資する点ではないかと考えている。

研究科長挨拶 南風原朝和氏(東京大学大学院教育学研究科教授・研究科長)

  • 修了生が高等教育の様々な場で活躍していることを嬉しく思う。
  • 修了生の論文を読むと様々な分野での論文が書かれているが、大学運営に必要かつ重要なものばかりである。自分自身も研究科長として運営に携わる中で、ほとんど多くの大学で経営・運営の知識を持たずに素人として運営に関わってしまっていることの危うさを感じることがある。自分自身も4月から東大副学長に就任するので、科目等履修生として学んでみようかと思っているところ。

祝辞 合田隆史氏(尚絅学院大学長・元文部科学省生涯学習政策局長)

  • コースの10周年記念を心よりお祝いを申し上げたい。
  • 本コースは大学経営の専門人材育成を目的として設立されたが、目的は専門人材の育成にある。専門人材の養成は本コースがスタートする10年ぐらい前から、日本でも認識されてきた。
  • その当時に比べると状況は様変わりしている。当時は大学の中で経営や専門人材という位置づけはマージナル・本筋ではないような感じがしたが、今では様相は一変している。学長を務める尚絅学院大学は学生数2000人、教職員100人の小さな大学だが、そういう現場から眺めると本コースで学んでいる人々はアドミニストレーション人材として育ち、そういった人材を多数輩出してきた実績に敬意を評したいと思う。
  • 以前は本コースの非常勤講師として教鞭を取らせてもらったが、現場から見ると国の政策の意味合いがだいぶ変わってきているように思う。大学が国に守られるということは期待しようがない。大学が自立して現場からの政策提言・提案をしていかなければならない。そういうことができる時代になってきている。そのためには現場に理論的・歴史的・国際的な知識をもち、構想力を持っている人材が現場から提案し、行動していく、個々の大学だけではなく、高等教育全体の発展に資することを目的として行動していくことがますます重要になってくる。
  • よって、本コースに対する期待・責任は大きいものがあり、専門人材の育成のみならず、学内外の英知を結集して日本の高等教育に関する議論をリードしていっていただきたいと思っている。以上の期待を込めてお祝いの言葉に替えさせていただきたい。

開会の挨拶から既に豪華な顔ぶれで驚きました。それぞれの方のご挨拶にも含蓄がありましたが、実際に大学経営に携わる重責を担う人の言葉には重みがある、と感じたところです。
また、地域創生の議論が昨今、広く世論でも取り上げられているので、地方での大学改革という点で合田学長のコメントには感じ入るところが多くありました。これは私が仙台出身ということもあるかも知れませんが。

記念講演「政策のエビデンスとは何か−平等・効率・世論」 矢野眞和氏(桜美林大学大学院大学アドミニストレーション研究科教授)

  • 大学進学の機会を平等にすることが大事なのか、大学教育の効率性を高めるかが大事なのか、まずどちらを重視するのかを各自で考えてもらいたい。
    • 大学教育、学習過程の向上を目的に様々な努力が行われているが、精神論、制度論、資源論に関する3つのアプローチがある。この3つがバランスよく検証されていることが重要である。この枠組みから現実を見ていくと、現実的には法制度中心の改革であり、まず「大学はどうあるべきか?」という理念を議論し、その上で法制度を改革すればよいというアプローチがあると思う。しかし、資源配分、資源の変更を行うことこそが政策であると考えている。政策とは基本的に資源論である。改革というものは法制度を変更することである。法制度を変更するのか、インプットを変更するのか、どちらを重視するかが重要。
  • 政策基準の検証:平等生と効率性
    • 効率の測定法:教育の便益に関する測定
      • 収益率で検討すると、便益で測定すると、高い効率性を持っているものが教育という営みであることをまず知っておく必要がある。
    • 平等と効率の測定結果とその政策的含意
      • 教育機会の平等性、進学機会の不平等、不平等の是正は効率的。日本の大学は育英主義「高い学力を有する者が進む場所」という認識が強い。しかし、進学するにあたっての便益はそういったことではない。そういう構造になっている。
    • 教育年数が1年増加すると所得は何%増えるか
      • 中学校の学業成績別の収益率を測定すると、教育年数が1年増加することで収益率は成績レベル別に大差がない。学力によって労働市場の処遇は変わる。しかし、学力上位・中位・下位毎に進学することによる収益率の増加に着目すべき。(例示した中学校時点の学力によって縦軸で見るのではなく)
    • 大学への投資が、経済を変える、社会を変える
      • 勉強すれば誰でも報われる、という経済構造が存在する。自分のために教育投資することは、政府にとっても税収増などの便益がある。自らの収入増は政府を豊かにし、社会を豊かにするという事実がある。Goldin&Katzの書籍。教育に対する経済投資ということが社会の発展に資するということに繋がる。
    • 世論の支持
      • 実施した世論調査「大学の教育費は社会が負担すべきか、個人もしくは家族が負担すべきか」(一般成人調査)調査の結果によると、大学教育費は個人もしくは家族が負担すべきという回答が8割である。平等派は社会階層に関係なく、少数派なのである。これは政策的な効率性から考えると誤りである。
    • 世論の正体
      • 少数の平等派(しかも社会階層に関係なく)<謝った多数の効率派。貯蓄率の変遷を見ると子どもが小中高の間に貯蓄率を高め、大学教育でその貯蓄を用いて大学進学をさせているという事実がある。よって、教育費の家計負担の高さこそが現状の進学率を支えている。つまり全入のおかげで大学進学率は上がったが、これ以上は所得率自体が改善しなければ改善しない。
    • では一体、世論とは何か?
      • Path-dependency(経路依存)*2の世論形成:世論が政策をつくるのではなく、政策が世論をつくる
        • 過去に拘束された世論
        • 保守的な世論
        • 利己主義的世論
      • 作られてきた政策によって世論が形成されている。貧しければ国立大学に行けば良い、そうでなければ無理して大学に行く必要は無いと思っている。つまり育英主義的な意識が大学教育の費用負担に関する世論を作っているのでは。
      • ベネッセが実施した「学校教育に対する保護者の意識調査」では、国立大学の授業料は税負担、私立大学の授業料は家計負担と考えている結果が出ている。この調査の結果を踏まえて、経路依存によって意識化されているのではないか?という感覚を抱いている。教育に対する世論と他の社会保障に関する世論を比較すると、世論の形成過程を見ると教育に関する世論の形成はかなり特殊だと言える。
    • 結論:未来の世論をつくる「政策」と「経営」 
      • 大学教育の二つの目的(教育・学習の質と効率の向上、学ぶ学生の機会向上)と達成の可能性。いま日本で大事なことは、25歳で高卒で働いている人々がいかにして自らの費用で大学にて学ぶ機会を得るかを考えることが非常に重要である。そういった人々を大学に迎え入れることが大きなポイントである。様々なアクターが参画することで大学は活性化する。改革(法制度の改革)、精神論で大学教育は向上するのだろうか?
      • 教育・学習の質と効率の向上は、各大学が考える問題でこれは「経営」である。これは各大学が行うべき努力である。現場から問題の提案・提言が出てこないと。経営にも3つの要素がある。建学の精神、資源配分、制度の構築。
      • しかし、社会人を大学に迎え入れるとしたら少額の奨学金や簡便な入試制度などは現場の大学の質を向上させることには繋がらない。ただ、「学ぶ学生の機会向上」は「政策=税金の投入」によって解決できる課題である。通信教育に通う学部学生は25万人存在し、その半分は大卒で4分の1が短大・専門卒、さらに4分の1が高卒である。この部分で高等教育の機会向上は重要になってくる。
      • 経営と政策に関する考え方を変えなければいけない。Path-dependencyを変えていくためには、よりよい世論・政策を作っていくことなのである。そのためにも大学経営・政策コースの使命は、日本の世論を形成していく経営・政策人材の養成にある。
  • 質疑応答
    • 1年教育年数が増えると収益率が増加するということは何を意味するのか?
      • 教育年数は対数を取っているので7.3%である。これが本人の能力なのか、教育機会の影響を受けるかには議論がある。仮説としては「学び習慣」仮説を提唱したい。大学時代の学びが卒業後の学びに接続し、そのことが所得の高低に繋がっていると考えている。学校教育に意味が無いということには繋がらない。「学び習慣」は非常に重要なので皆さんにもその点を重視してほしい。
    • 教育年数が1年増えるとのことだが、大学院教育についてはどうか?
      • 大学院卒までのデータだと、大学院卒は大卒に含まれてしまっているので、実証できない事実がある。むしろ、大学院教育の基本的な統計データが存在していないことが問題ではないかと。就業構造基本調査を見ると大学院卒の教育効果は高い、教育効果はあると思っているが、信頼性のあるデータが取れていない。

矢野先生のお話を伺ったのは初めてでしたが、ユーモアを交えながらのお話で大変楽しく聞かせていただきました。ちょうど先日、教育再生実行会議の第3分科会第5回会議で「教育投資の効果や教育財源の在り方について、財政学・経済学の観点から意見発表」*3があり、ちょうど阪大の大竹先生の資料の中に似たようなご指摘があったので、*4個人的には頭の中が色々と整理されてよかったです。また、Path-Dependenceという言葉を恥ずかしながら初めてインプットしました。個人的な所感として、類似する研究としては、東京大学大学院教育学研究科比較教育社会学コースの橋本鉱市教授*5が、高等教育の政策過程についての研究をされていますので、そちらもあわせて参照するとより理解が深まるのではないかと感じました。*6 *7 *8 *9
ちなみに矢野先生がおっしゃっていたGoldin&Katzの文献を調べてみましたが、以下の書籍のようです。こちらも関心があれば是非。個人的にはサミュエル・ボウルズとハーバート・ギンタスの共著「アメリカ資本主義と学校教育」も参考になるのではないかと思います。*10(私自身、こちらの書籍を読もう読もうと思ってまだ読み切れてないので説得力がないですが)

The Race between Education and Technology

The Race between Education and Technology

アメリカ資本主義と学校教育 1―教育改革と経済制度の矛盾 (岩波モダンクラシックス)

アメリカ資本主義と学校教育 1―教育改革と経済制度の矛盾 (岩波モダンクラシックス)

修了生調査報告「大学経営・政策コースの10年:修了生の調査報告」中田学氏(2008年度 修士課程修了生)

  • 修了生に対してアンケート調査を実施。回答率は7割強。主として修士課程が中心の結果である。修士課程なので修士論文を書くことは当たり前なのだが、実務家養成と修士論文を合致させていることが大きなポイントである。
  • カリキュラム
    • 集中講義として海外・国内の大学を訪問調査する集中講義に特色がある。入学目的の調査を分析すると、大学経営・政策を学ぶことの意識の高さが現れているが、現在の職場でのキャリアアップ等に関しては意識がそこまで高くない。
  • 調査結果から見えてくるイシュー
    • コースワークの満足度・有用度
      • 値が高い分類
        • 大学の歴史に関するもの
        • 高等教育の制度・政策に関するもの
        • 大学の組織・ガバナンスに関するもの
      • 値が低い分類
        • 大学の財務・会計に関するもの
        • 統計に関するもの(こちらは職場での有用度が高い)
        • その他各論に関するもの
  • 大学の歴史に関する授業は、満足度と有用度の評価にねじれが存在する。その理由は?
    • 現代の課題を歴史の文脈に置けることは満足度が高い。
    • 職場での満足度は、回答者が「職場」をどのように捉えているかに依存するため。
  • 今後の課題
  • 教育のアウトカム評価には時間がかかるため、職場等での有用度が変わってくる可能性がある。
    • 修了生の多くは修士論文を重視しているが、専門職大学院への転換は望んでいない。ただ、修士論文の執筆は直接的には職場での有用度が低い。
    • ただし、「論文執筆」から得られる、文献の調査、資料・史料の検討、(質的・量的)社会調査、統計分析は、今後の業務に幅広く応用できる。自ら問いを立てて、答えを明らかにするプロセスが重要。
  • まとめ(大学経営・政策人材と大学院教育)
    • 実践的な知識やスキルだけではなく、基礎教養を重視
    • 修士論文を非常に重視

修了生に対する調査を取りまとめて分析された報告でした。実際に当コースを修了した人たちが、職場に戻ってからどのように大学院での学びを捉え、評価しているかを知るためには有用な調査報告だったかと思います。個人的には、論文を書くことを重視していること、科目としては統計に関する科目の満足度は低いものの、業務での有用度は高いということ、大学の歴史に関する科目の満足度は高いものの、実際の業務での有用度とは相関していないことなどが興味深かったです。

シンポジウム「各大学における大学経営・政策人材の育成−現状と課題−」
パネリスト
吉武博通氏(筑波大学大学院ビジネス科学研究科教授・大学研究センター長)

  • 他大学を訪問すると「大学改革は結構進んでいるじゃないか」と感じることが多い。いい芽が出てきていると思う。大学の中には元々いいものがある。文科省の政策的支援もあるが、いいものは出てきている。ただ、任期付なので、金の切れ目が縁の切れ目になっており、使命感と疲弊感を抱えながらやっているのが実情ではないか。
  • そのためにもマネジメントが重要。私は実業界から大学に移ってきたが、その中でマネジメントという言葉を使うのは当初は憚られたが、現在では真っ当に議論ができるようになってきた。筑波大学では大学マネジメントの履修証明プログラムを運用している。セミナーということで遠隔地にも配信を行うことを始めている。1回あたり100名以上が受講している。これは東京にある大学としての使命ではないかと思っている。Certificateプログラムにも可能性があると思う。参加者の内訳を見ると、毎年職員を送っている大学もあるが、個人として学びたいという人も多いが、大学での人的資源戦略としても重要であるので、その点を加味して検討を行っていくべき。
  • 日本の大学では人材育成のシステムを内部に持たない例が多いので、そういった点でも履修証明プログラムなどが活かせるのではないか。グローバルマネジメントフォーラムの主催。日本は課長クラスのマネジャーまでは育てられるが、シニアマネジャー以上が育てられていないのではないか。優秀な人間を選んで選抜していく人材戦略を採用できるか否かがポイントである。
  • 日本の大学に欠けている経営資源は「時間」である。教育学・政策学だけではなく、経営学の視点も持っていただきたい。

山本眞一氏(桜美林大学大学院大学アドミニストレーション研究科教授)

  • 前史を話しておきたい。2001年に日経新聞の教育欄に掲載された記事。科研費を得て大学経営人材についての研究を始めた。大学経営人材が市民権を得たのは2000年から2001年頃である。2000年に筑波大学で「大学経営人材の養成をめざして」という公開セミナーを開いた。
  • 2001年に桜美林大学に大学アドミニストレーション専攻が発足し、後に研究科に改組された。通学課程と通信課程を有する。通学課程では、現在は実務家コースと研究コースに分けている。修了者数は2014年度末で通学課程121人、通信課程は301人である。現職の大学職員、大学の役員・教員、大学以外の学校の教職員などがいる。
  • 現実の大学は様々な人材の協働によって動いている。役員、部局長等、一般教員、管理職・専門職、支援系職員など教員でも部局長等の管理的役割を果たしている者が多くいる。支援系職員が良質な事務サービスを提供できない大学は傾いていく。
  • 職員論の再整理を
    • 学校教育法の改正で学長の権限強化。外国大学の現実、国内大学の現実、職員論の認識、職員論の目標。この4点を接近させて教職協働の実現に。
  • 大学職員の目指すべき方向は?
    • 立場と能力を縦軸・横軸に取る。伝統的職員、うるさい職員、便利な職員(使い倒される職員)、出来る職員(大学経営人材)
    • 大学は知識社会の中で重要な役割、大学を支える経営人材の役割の再認識を

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・高度専門職業人養成コースの現状と課題」夏目達也氏(名古屋大学高等教育研究センター教授)

    • コースの目的・目標
      • 高度な理論的、実践的専門教育の機会を提供(高等教育マネジメント分野)
      • 高等教育マネジメントという科目で、フィールド調査を実施している。これは東大の大学経営・政策コースと同様の取り組みである。入学者の大半は大学職員だが、修了後は同一大学で勤務し、職員として転職、教員に転身などされる人もいる。進路は様々。
      • 高度専門職業人養成コースの課題としては、進学希望を持つ者はいるが、上司の理解の欠如や職場の周囲に気兼ねして進学を断念するというケースがある。大学院としての支援として、コースの魅力を広報することと、進学しやすいカリキュラムの編成。
      • 学習成果の活用として、習得能力に対応した職務の配置、昇進・昇給があるが、本人の意識・努力の問題以上に、組織の人事管理の問題が大きい。(大学院で学んだ内容を使い切れていない)大学院としていかに対処すべきか。
      • 後期課程への接続。Ph.D以外にもEd.Dも置いているのだが、進学に繋がるケースが残念ながら極めて少ない。院生のコミュニティ。院生館のネットワークづくりが必要で、励まし合える環境を作ることは非常に重要である。幹事の存在・役割が変質してきているように感じ、幹事を務められる人物は他大学にリクルーティングされる例が多い。
    • 大学院を活性化していくには多くの課題がある。社会人の学習環境・条件への配慮、院生のプロフィル、ニーズの多様化への対応、研究科としての目的・目標・諸条件の調整

広島大学・高等教育研究開発センターにおける大学院教育」島一則氏(広島大学高等教育研究開発センター准教授)

  • 自己点検・評価報告書のデータを活用した報告。
    • 2000年度に教育学研究科に高等教育開発専攻、後期課程に教育人間科学専攻(高等教育分野)を発足させた。基礎論・演習を基盤としたコースワークと多様な学術的背景を有する教員による特別講義を提供している。後期課程は論文指導が中心。
    • 専門的知識・技能に関する評価は概して高い。汎用的能力の向上については評価が分かれている。キャリアの多様化(多様な研究者・実務家養成)→汎用的能力への注目→専門的知識・技能と汎用的能力について考察。
  • 専門的知識・技能と汎用的能力についての考察
    • そもそも汎用的能力は研究者・実務家の両方に共通して必要。専門的知識・技能には「研究専門」「共通専門」「実務専門」の知識が存在し、実務家養成フェイズとして2つを整理することが必要なのではないか。共通専門の強化、研究専門と汎用的能力のリンク強化、実務専門の共通専門化・学問化(URA養成etc)
      • 共通専門の拡大・充実:学問や研究者養成という観点に置いて問題を生じさせないか
      • 研究専門的知識・技能の強化を通じた汎用的能力の開発
      • 実務専門的知識・技能の共通専門家・学問課:実務的観点から有用といえるか
  • 東大・修了生の調査結果のへのコメント&追加的イシューとして
    • 大学経営・政策人材の定義は?
    • 議論が実務家養成に無意識的に偏っていないか?
    • 実務家に対しての教育が重視されているが、研究者養成と実務家養成が両輪で大事にすべきではないか。
    • 有用度を考える際に、何がどのように有用となるのかといった「メカニズム」への注目も必要ではないか。

江川雅子氏(東京大学理事)

  • 自分自身は大学本部で経営に携わっている。大学経営・政策コースの課題は、大学経営が抱えている課題と重複する点があると感じる。
  • コースでの人材養成像・職員のエンパワーメント
    • 研究者と実務家の両輪に関して、職員の位置づけから考えてみたい。海外の大学の例がProvostが紹介されていたが、ハーバードで経験したことも含め、大学内には教員の管理者と職員の管理者の2重構造が存在している。日本の国立大学は教員負担の部分が大きく、職員の権限が非常に少ないということだと思う。職員が担当する部分(エンパワーメント)を強化しないと、教員の研究時間の減少にも繋がるため、人事制度の改革なども必要ではないかと感じる。例えば国際センターでは教員が留学生の受け入れなどをやっているが、海外の大学ではそういったことは職員が担っている。その点で人事制度と職員の人材像は不可分である。
  • コースワークの取り組み・方向性
    • 修士論文を重視しているとの報告だったが、さらにコースワークを重視した方が望ましいのではないかと感じる。例えば教育学・政策学的なアプローチのみではなく、ビジネススクールで教える基本的なメニューから考えると、独立した組織体を動かしていくために必要な知識ではないかと思う。ビジネススクール修了者がNPO・国際機関で活躍している事実を踏まえると、そういったアプローチも有効ではないかと思う。学部毎に分散している業務を統合した場合のケース、学生確保に関するマーケティング的なアプローチなど、経営学の領域は大学経営にも役立つ。
  • 大学経営と執行部との関係性
    • 大学経営・政策コースでの研究内容を、大学の実際の経営に取り入れていくことが重要だと思う。理想的にはフィードバックをしていくということ。大学の本部でやっている仕事と当該コースでの研究内容とのリンクは残念ながら無い。そういった点に関し、本コースに所属する研究者の知見を活かしていくことも大切ではないかと思う。理想論ではあるが、こういったコースが存在している以上、大学執行部にインプットできる機会などを設けていくことが必要なのではないか。

こちらも豪華すぎるパネリストの皆様だったので、コメントするのは何とも難しいのですが、個人的に興味を引かれたのは筑波の吉武先生と東大の江川理事が経営学のメソッドを大学経営・政策コースの中にもっと取り入れてもよいのではないか?と指摘されている点です。確かに経営をテーマにする訳ですから、経営学的なメソッドをどのように取り入れていくかという点は、大学職員の高度専門職化にも関わる重要な論点ではないかと思います。この点については、筑波大学大学研究センターの佐野享子准教授*11が2007年に書いている論文が参考にできるのではないかと思います。*12
名古屋大学の夏目先生からは、修了生のネットワーク形成にかかわる幹事の役割が重要であるとの指摘がありました。確かに私が知っている大学職員でも職員間のネットワークを駆使して、かつ交流の場を提供しているすごい人を何人か知っていますが、そういう人を繋げられる方がリクルーティングされていくというところには妙な納得感を感じたものです。桜美林大学の山本先生からは大学経営人材の前史からのお話を伺い、現在の潮流が生まれるまでの経緯を知ることができました。広島大学の島先生のお話からは専門職養成と研究者養成のバランスが肝要であることの指摘があり、バランスの取れたカリキュラムとメカニズムに関する意見が出たのも興味深く拝聴しました。どのパネリストからのコメントも示唆に富み、今後の大学職員にとって考えなければならない示唆のある意見ばかりだったかと思います。
さて、最終的な私なりのまとめですが、東大の大学経営・政策コースが果たしてきた役割の重さを実感すると同時に、現状の取り組みだけではなく、さらに発展した形での大学院教育が求められてきているのではないかと感じました。矢野先生から学び続けることの重要性に関する指摘がありましたが、2012年の質的転換答申*13でも、生涯学び続けることの重要性が謳われています。このように大学院が全て、ということではなく、Rcusのように優れた履修証明プログラムなどもありますので、段階的に学び続けていけるプログラムへのアクセスを広くすることが大切なのではないかと感じました。「大学経営・政策人材」の育成のために、これからも東大の大学経営・政策コースが果たす役割は大きいと思いますが、本シンポジウムでの指摘を踏まえて、さらなるカリキュラム改革など、他の大学を引っ張っていけるような先導的改革に期待したいところです。

*1:東大大学院大学経営・政策コースのWebサイトには有益な情報が一杯 http://d.hatena.ne.jp/high190/20100202

*2:経路依存性(Path dependence)―過去の歴史が将来を決める https://healthpolicyhealthecon.wordpress.com/2014/09/07/path-dependence/

*3:https://twitter.com/Naikakukanbo/status/580603540550393856

*4:「教育の経済効果と貧困対策」 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/bunka/dai3/dai5/siryou3.pdf

*5:橋本鉱市 http://researchmap.jp/read0063268

*6:高等教育懇談会による「昭和50年代前期計画」の審議過程 : 抑制政策のロジック・アクター・構造 http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/handle/2261/51334

*7:戦後日本の高等教育関連議員と政策課題−国会における発言量と内容分析− http://www.cshe.nagoya-u.ac.jp/publications/journal/no13/24.pdf

*8:高等教育をめぐる政策形成の変容と課題 http://ci.nii.ac.jp/naid/110006479787

*9:高等教育の政策過程分析−その理論的前提と方法論的枠組− http://www.sed.tohoku.ac.jp/library/nenpo/contents/53-2/53-2-04.pdf

*10:親の行動と子どもの成績の関連性って教育学的にはどう説明できるんだろう http://d.hatena.ne.jp/high190/20090528

*11:http://www.rcus.tsukuba.ac.jp/center/staff/staff_sano.html

*12:経営学分野を中心とした大学院における大学経営人材育成の可能性−筑波大学経営システム科学専攻の事例を手がかりとして− http://www.rcus.tsukuba.ac.jp/information/RcusWorkingP01.pdf

*13:新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ〜(答申) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1325047.htm