high190です。
昨日、大学マネジメント研究会が主催する講演会「IRとは何か?戦略的大学経営とIRの効果的な実践」を聴いてきましたので、ログをまとめておきたいと思います。講演者は、ポストセカンダリーアナリティックスの柳浦猛氏です。柳浦さんは米国の大学や行政でIRに関わる仕事をされている方で、日本に向けたIRの提言を数多くなされています。私のブログでも記事を何回か引用させていただきました。*1その他、柳浦さんがこれまで発表された資料等はこちらから閲覧できます。*2
実務に関わられている方のお話ということで非常に興味深く拝聴しました。あわせて他のブログでも記事になっていますので、こちらもご参照下さい。*3
- 9/25(木)第29回マネ研サロン「IRとは何か?−戦略的大学経営とIRの効果的な実践」(出典:大学マネジメント研究会)
- アメリカの大学の危機対応パターン
- IRの主たる領域は「組織改善型」である。いかに「効果的に実施するか」で他大学との差別化を図っていくことが必要。一番手を付けやすく、他大学も取り組み始めている。将棋の例え。WEBによるスーパーハイウェイ化の話と同義。
- IRとは何か?
- 究極的には大学内で行う全ての意思決定に何らかのデータを活用する
- ありとあらゆる組織の意思決定の面でデータを活用していく事
- 何故、IRが必要なのか?
- 日米ともに大学の対応策は限られている。
- 日本の大学にはリスクを抑えつつ組織としての効用を最大化する事を求められている。現状の組織運営を見直していくしか無い。
- IRが支援する事の出来る意思決定例
- 学生獲得戦略(戦略実行の効率性に関する分析)
- 奨学金戦略(入学者数の増、大学ミッションに適う適切な学生への授与)
- リメディアル教育(学習成果の把握、所用経費の適正性分析)
- 大学予算(1単位あたりの費用)
- エンロールメントマネジメント(中退者、留年者に共通する傾向の分析など)
- 就職支援(就職内定学生の判別分析)
- 日本の文脈では「教学」「経営」と分野が限定されているが、そもそもデータのあるところにIRは存在する。
- IRを設置する際の注意-点
- IRはアメリカの大学の組織構造にフィットするように出来ている
- 日米の大学組織構造を理解しないといけない
- 「木を見て森を見ず」
- アメリカでやっていることをそのままやることはできない
- 自学の意思決定メカニズムを理解すること
- どの分野で誰の意思決定を、どのように支援するのか?
- アメリカの大学組織運営理念は共同経営モデル(Shared Governance)
- 理事会・学長・教授会の3者がそれぞれ異なる役割を担っている。
- 理事会
- 大学のオーナー
- 学長
- 組閣を行う
- 予算案の提出
- 運営状況を理事会に報告
- 教授会(学長は入らない)
- カリキュラム、教育方法、教員採用。教授自治。
- 大学の経営方針に意見は述べられるが諮問機関の位置づけ
- 大学経営の組織モデル
- プロボストの重要性
- 学長以下のヒエラルキーが徹底している
- 学部長の役割が明確(学長が任命、学部長以上がアドミニストレーターになる)
- 日本の大学におけるIR、執行部、教員の関係
- パワーバランス:執行部<教員
- 学校教育法の改正があったが、どこまで対応できるかは各大学次第
- 日本のIRは政治的に米国ほど守られていない
- 日本でIRが機能しづらい理由
- アメリカ
- 意思決定者が比較的明確
- 意思決定プロセスが比較的分かりやすい
- 日本
- 最終責任の所在が曖昧
- 意思決定プロセスが明確でない
- しかし、IRは取り組んでいかなければならない責務。
- IR自体のキャパシティ開発
- ミッション設定
- できるだけ細かく具体的に!日本語は言語的にも曖昧さを残しやすい。目的を明確に。
- 他部局との折衝
- どの部局にどのデータが存在するかを理解する
- 各部局がどのようなデータを欲しているかを理解する
- 部署横断的にニーズを把握していくこと
- 各部局が発表してきた統計データの定義確認
- 今までどのような定義で行ってきたかを理解することが必要。
- データの一貫性を担保する事が重要。それが崩れた際には理由を説明できなければならない。データシェアに関する合意形成
- IT担当者との折衝
- ウェブ担当者(IRデータのプレゼンテーション能力がある人)
- データベース担当者(データベースに関する専門家がいると、データ取得に役立つ)
- 人材配置・採用
- 長期スケジュール・目標設定
- データ辞書の作成・学内データ整理
- 日本の場合、IR担当者は教員出身者が多い。
- 教員はモビリティが高い(他の組織に異動すること)ので、教員の異動でデータが遺失することを避ける必要がある。
- 事細かに文書化しておく事が重要。組織的に文書化して暗黙値の散逸を避ける
- 初期段階のIRのゴール
- IRが大学のデータに関して、誰よりも詳しい存在になる事
- IRを大学内政治からできる限り距離を置かせる事
- データの中立性を保つ
- データの拡大解釈をしない
- 結論ありきの分析をしない
- 大学ファクトブックの作成
- 執行部・教員が必要だと思われるデータをできるだけ網羅した統計データ集の発行。アメリカでも外部説明の参照用に「ファクトブック」を作っている。みんなに使われるデータ。人を介さなくても使えるデータ。大学の運営に資するためのデータ集。
- 大学のデータに関して、全て文書化する事
- IRの長期的な展望
- 組織運営に与える価値(下に行けばいくほど価値が高い。そして積み上げないと高い価値は提供できない)
- 報告(何が起こったか?)➡まずはこれをしっかり行う事を目指す
- 分析(なぜそうなったのか?)
- 測定(何が起こっているのか?)
- 予測(何が起こるのか?)➡レベルの高い組織運営の実現
- 現在の日本のIRの課題
- データ分析を行う環境が整っていないままIRを立ち上げている。
- IRに対する組織的な支援が不十分。
- 学内に乱立するデータベース
- データ分析の8〜9割はクリーニング作業中心
- 分析は最後の部分でしかない
- IRに対する過度な期待
- IRで何でも解決できる訳ではない
- 現在のデータ環境:一般的な例
- 問題点
- データ漏洩ポイントが無数に存在する
- データ分析を行っても定義にばらつきが生じるため、学内に情報は蓄積されていかない
- タイムリーな分析ができない(素早い対応が不可欠)
- 探索的な分析ができない
- 色々試しながらモデル構築を試みることが多いが、データ取得コストが高い
- IRがもし明日設置されたら
- ステップ1
- IRに全てのデータベースのアクセス権の許可
- IRをデータ管理の責任者にする。データリクエスト先をIRにする。
- 探索検索を行う
- ステップ2
- データウェアハウスを構築し、IRにアクセスさせる
- 日本の場合、まずシステム的なインフラで課題があるので、できることは限られていることを理解することが大切。
- 今後の課題
- 短期的
- 大学のデータ機能分析機能を強化
- 長期的
- 各部局に散在しているデータベースを統合したデータウェアハウスを構築
- IRの人材育成・採用
- IRのヒエラルキー(米国)
- 基本的に3段階
- 平均サイズは2〜5人
- IRの役割
- ビジョン設定は部長(博士号保持者又は長年の経験を持つ人)
- 実動部隊は副部長、上級分析官(修士号保持者、データベースの知識を有す)
- 分析官(学士又は修士レベル)
- 日本のIRに必要な人材
- 日本の大学で求められるIRディレクターのスキルはアメリカのIRと若干異なる。
- キーパーソンは中級レベル(副部長・上級分析官)のIR分析官※ここが一番重要
- エントリーレベルのIRの確保は不可欠
- 日本のIRの課題:中級レベルのIRをどう発掘・育成するか?
- 中級レベルのIRの確保が鍵
- ゼロからOJTで育成する事は不可能に近い
- 高等教育内外から広く人材を集められる人事制度が不可欠(アメリカのIRerでも出身業種・研究分野はバラバラ)
- IR採用・スキルまとめ
- IR部長は教員から選ぶのが現実的
- 副部長・上級分析官は大学院卒が望ましい
- エントリーレベルは自前で育成可能
- IRの今後の方向性を志向する
- アメリカにおけるIRの今後の動向
- 情報管理システムの変化(中央集権型からの移行)
- IRはもはや統計に長けた研究者だけでは勤まらない。データガバナンスに精通し、問題解決能力のある、リーダーシップ能力のある人物が今後のIRに求められる
- 日本のIRの方向性
- 大学のデータ環境の改善
- 最低でも、入試、成績、奨学金、成績データはIRがアクセスできるようにする。
- IR担当者のデータ分析能力の向上
- 結果ありきの分析は行わない
- データ分析をこなした分データ解釈能力は身に付いていく
- 一般公開されているデータの積極的活用
- 人事制度の見直し
- 高等教育業界内外から人材を雇う事の出来る人事制度に(特に国公立)
- 任期付の見直し
- 人材確保だけでなく、流出を防ぐ
- データ辞書の作成
- 自学に関するデータ
- 質疑応答
- アメリカの場合、80年代に大学危機があり、州政府への説明責任として大学がデータを活用した経緯があると思うが、私立と州立の違いを教えていただきたい。
- 州立の方が徹底的に説明責任を求められる。データ要求度が違う。州立大学の場合、法律でデータを公開することが決まっている。機関情報に関して私立と州立だと圧倒的に州立の方が厳しい。具体的には州の職員の給与すら全て公開されるレベルである。日本とアメリカでは公開に関する圧力が違う。
- データシェアリング、ベンチマークに関するアメリカの状況はどうか?
- 統計データ分析についてどの程度まで身につけるべきか。また、データ分析のシステムに関する売り込みに来るが、どういった観点で業者を選んでいけば良いのか?
- 統計については8割9割は四則演算で十分足りる。統計に関する基礎的な知識を持っていればいい。ある意味、複雑なモデルにすればするほど使えなくなる。回帰分析、重回帰分析が分かれば十分ではないか。データ分析のシステムに関しては懐疑的に見ている。導入してから改修しようと思っても高額な費用がかかる。システムは使いこなさないと意味が無く、企業論理は"one site fit all”。企業とのビジネス上の対応は不可欠。データ分析を続けていく中で、必要なシステムが何かが分かってくるので、それが分かるまではシステムを導入する必要は無い。
- ビッグデータ分析とIRの関係についてはどうか
- 学生数が3000人以下の大学では、経年変化や学部毎の満足度調査など、数が少なすぎて優位な相関関係が出せないと思うがどうか。IRと執行部の政治的関係について、価値中立的に結論があってそのことを裏付ける
- 小さい大学でも十分対応は可能と考える。統計的に必要な数としては300あればできる。価値的に中立になれない部分については、指摘のとおりだと思う。個人的意見としては「倫理的な部分をIRが踏み外さない」ということが重要。IRは執行部に対して”NO”を言えないといけない。あるコミュニティカレッジで非常に低い卒業率が1%改善し、執行部は成果と捉えたが、IRerはそのことに対して「統計的に優位でない」と言わなくてはならない。
- IRの役割の中で、ディレクターはビジョン設定がタスクとされているがもう少し具体的に聴かせて欲しい
- 大学毎に異なるが、実例をひとつ挙げると、以前勤務していた大学で自分一人がIR担当者だった際、優先順位をつけて考えることが最重要だった。その時には政府対応(補助金獲得)であった。自学における問題点を特定して、何をビジョンとして設定していくかが重要になってくる。
- 執行部からの課題設定があり、その事に対する回答のシナリオのようなものを構築し、全体像を練っていくことが必要であろうと思うがどうか
- 執行部からの課題に対して、どのように解決策を提示するかという点でビジョン設定に当たる。
- 基本的にIRにおける統計はシンプルに扱うべきものと考えていたが、IRはシンプルに捉えるべきものか?
- ある効果を分析する場合はそれなりに統計分析が必要になるが、まず日本の場合では基礎の「報告」の部分を固める事が重要ではないかと思う。データ分析を行っているうちに、リサーチクエスチョンが湧いてくる。単純な要因ではなく「隠れた要因」が明らかになってくるので、その点を分析していけばよい。日本とアメリカの最も大きな違いはガバナンスとデータ環境が異なっている。
個人的に講演を聴いていて強く感じた事は、ガバナンスとIRの連動性についてです。アメリカでは各大学がIRオフィスを持ち、*4その機能については各大学のガバナンス上の位置づけによって異なる事が指摘されていますが、*5アメリカの大学の強みとしては、柳浦さんの講演にもあったようにシェアドガバナンスが機能する体制が構築できており、あわせてベンチマークとなるナショナルサーベイ(具体的にはIPEDS,Integrated Postsecondary Education Data Systemのことを挙げられていました)が公表されていることから、他機関比較を通じて各大学が自らの強みと弱みを把握できているからではないでしょうか?また、アメリカのIR部署でも「根回し」の重要性が指摘されており、*6そういった意味で、日本とアメリカの単純比較には意味が無いということをまず留意しておくことが大切です。
加えて、現在の日本でのIRに関する議論では、IRが大学経営を改善するための万能薬のように語られていますが、IRとガバナンスは前述のように相互に深く関係している事から、具体的にIRを経営にどう活かすか?という点では、大学経営を担う者の能力開発とそれを適切に支援するための体制構築が必要不可欠です。戦略的な大学ガバナンス機構の構築に向けてIRをどのように活用していくのか?という視点が日本の大学にも求められています。*7
来年4月からは新しい学校教育法が公布され、学長のリーダーシップのもとで大学経営を行っていくことになります。来年4月までの準備期間にどの程度の準備を行い、自学に適したガバナンス体制をいかに構築できるかを提案することも、大学職員の重要な務めのひとつではなかろうかと講演を拝聴して感じました。データ分析も重要ですが、その背景に隠れている大学ガバナンスの問題点をも洗い出す貴重な講演会だったと思います。キーパーソンとなるIR人材中級レベル(副部長・上級分析官)の育成に関しては、OJTでは難しく最低でも大学院修士課程レベルの知識が必要とありましたが、この事に関しては、既に各地で行われている研修*8がどのように実を結ぶのか?という点でも引き続きモニタリングしていきたいです。
*1:米国のIR部署では何が行われているのか?意思決定支援の実際を探る http://d.hatena.ne.jp/high190/20140602
*2:インスティテューショナル・リサーチ(IR)関連論文・プレゼンテーション http://www.highereducationtrends.com/japan_ir_resource/
*3:参加録 マネ研サロン「IRとは何か」(大学アドミニストレーターを目指す大学職員のブログ) http://as-daigaku23.hateblo.jp/entry/2014/09/25/195423
*4:LEAPプログラム参加の大学職員による研修報告を聞いてきました http://d.hatena.ne.jp/high190/20120730
*5:ニッセイ基礎研究所のIR(Institutional Research)に関するレポートが分かりやすい http://d.hatena.ne.jp/high190/20121127
*6:米国のIR部署では何が行われているのか?意思決定支援の実際を探る http://d.hatena.ne.jp/high190/20140602
*7:教育再生実行会議による提言は大学ガバナンスの向上に資するのか http://d.hatena.ne.jp/high190/20130610
*8:大学IR人材育成カリキュラム集中講習会 http://www.ir.kyushu-u.ac.jp/irik/?page_id=227