Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

米国のIR部署では何が行われているのか?意思決定支援の実際を探る

high190です。
今まで、このブログではIRに関わる資料、国内大学の取り組み及びアメリカの動向などをお知らせしてきましたが、*1 *2 *3 *4 *5アメリカの大学においてIR担当部署が意思決定の支援にどのように関わっているかという具体的な事例について、「これは!」と思う資料を見つけられていませんでした。しかしながら、大学評価・学位授与機構が年1回発行する学術誌「大学評価・学位研究」の最新号に、とても分かりやすい論文が投稿されていましたのでご紹介したいと思います。


大学評価制度の導入,高等教育予算における基盤的経費の縮減等,近年,日本の大学を取り巻く外部環境の変化に対応するため,インスティテューショナル・リサーチ(IR)への関心が増大している。他方,米国においては,IRに関する様々な定義が存在するものの,多様なIRの業務や機能の類型化に留まっている。とりわけ,データに基づく意思決定支援については,国内外を含め,先行研究の蓄積が乏しい現状にある。こうした状況を踏まえ,本研究では米国の高等教育機関5校における面接調査を通じて,IR部署において展開されている実際の業務を描写するとともに,それをどのようにして意思決定支援につなげているのかを明らかにする。
調査結果からは,日常的に従事する業務として Enrollment Management や Retention Rate に係る業務等,臨時的に従事する業務としてベンチマーク,学習成果測定等があることが確認できた。また,IR部署が収集・分析したデータを意思決定支援に活用している事例の多くは,何らかの形で財政的な要素と関連していることが明らかになった。さらに,学内構成員の意識改革を伴う課題等,意思決定支援につなげにくい事例も多数存在するが,IR部署はバイアスを抑え,できるだけ中立的な立場から信頼性の高いデータを根気強く提示していくことで,その打開策を模索していることも明らかになった。

本文を読むと、IRのための分析手法として色々な用語が出てきます。クロス分析、ロジスティック回帰分析*6、データ・ウェアハウス、ビジネス・インテリジェンス、Oracle*7SPSS、などです。ちなみにSPSS*8 *9っていつのまにかIBMが買収していたんですね…恥ずかしながら全く知りませんでした。 なお、この論文では次の3点が目的として掲げられており、それぞれポジションの異なる5つの大学を調査訪問校に設定し、面接調査を実施しています。

  1. 米国IRの具体的な実践例の収集
  2. データ分析による意思決定支援の成功例と困難例の収集
  3. IR業務を通じて意思決定を支援する上での留意点の収集

アメリカの大学ではデータを横断的に使えるような環境整備を行っていること、ナショナルサーベイ(NSSE,CIRPなど)のデータを活用して、組織の意思決定に活かしていることなどが紹介されています。
個人的に最も印象的であったのは、複数大学のIR部署に面接調査する過程で、IR部署が「データで明らかになった事実をいかに政策に活かすか」という点に関し、意思決定者やデータの関係者等に対する「根回し」を非常に重視しているという点です。現在、日本では盛んにIRの必要性を説く論調があることは事実ですし、そのこと自体は正しい方向だと思いますが、データによる事実を突き付ければ大学改革が進むということではなく、その事実を大学の意思決定にいかに活かすかということに米国IR部署が腐心している点は、日本でのIRを浸透させるにあたって、重要な示唆を含んでいると思います。

ここで少し視点を変えてみます。先に紹介した論文中でIR担当部署やディレクターに関する記述が多く出てきますが、IR担当者に必要なスキルとしてはどのようなものが求められるのでしょうか。アメリカで複数の大学・政府系シンクタンク等でIRオフィサーとして活躍し、現在はアメリカのコンサルティング会社・ポストセカンダリーアナリティクスで研究分析部長としてIRコンサルティングに従事する柳浦猛氏*10は、IR担当者が持つべきスキルとしてSQL言語の修得を挙げています。


(中略)

IR担当者がSQLのスキルを持つことである。SQLはデータベース言語のことを指すが、現時点の日本のIRの発展を妨げている一つの理由、それは大多数のIRスタッフがSQLの知識を持ち合わせていないことに起因している。IRスタッフがSQLを知らないが故に、誰かにフラットファイルにデータをいちいち用意してもらってそれに基づいてエクセル・SPSSで分析作業を行わざるをえなくなっている、要するにIRの生産性が低く、そこに日本のIRの停滞の一因がある。大学に現存するデータ量はとにかく膨大であり、何百、もしくはそれ以上のテーブルが存在する。従って、それを誰かに頼んでいちいちフラットファイルにデータを落としてもらってそこから分析を行うことは時間が掛かるし非効率である。SQL言語を理解すれば、誰かに頼んでフラットファイルにデータを落としてもらう必要がなくなり、IRが分析をデータベースソフトウェアを通じて行えるようになる。MSアクセスであっても、MSSQLでも、MySQLでも、オラクルでもなんでもいい。とにかく日本のIR担当者はSQLを学び、それをもとに分析するスキルを身に着けていくことが急務である。
SQLを学ぶメリットは膨大なデータを簡単に扱えるということだけではない。SQLを学べばおそらくIR担当者は組織の縛りを飛び越えられる可能性も上がる。現時点では、多くの大学が、各部局のデータ担当者から、部局の所有するデータベースから抽出されたデータをCSVファイルで受け取り、そうして集まったファイルをIT担当者が組み合わせて串刺しデータを作り、IRがそれを受け取ってデータ分析を行う。いわば、ひとつの分析を行うまでに、複数人の手を経ている。これでは非効率であるし、ファイル作成過程でエラーが出やすい。IR担当者がSQLを理解すれば、この中間の役割を担う人たちの作業が不必要になる。IRが自らのPCにSQLのソフトウェアをインストールして、そこから、ODBC(Open Database Connectivity)ツールを用いて、直接各部局のデータベースに読み取り専用で直接アクセスできるようにしてしまえばいい(もちろんそれなりのセキュリティを確保した上であるが)。そうすると、IR担当者は、各部局にあるデータベースの中にあるテーブルを全て閲覧できるようになる。そして、必要に応じて各データベースからSQLに必要なデータを自分のPCにインストールされたSQLソフトウェアに取り込み、SQLを駆使して分析を行う。アメリカではこのようにSQLを中心に分析作業を行えるIRが最も重宝されているということは意外と知られていない。
IRは高等教育研究者と違って、一つのデータ分析に時間をかけることができない。いかに素早く、多領域に渡る一つ一つの分析を数多く効率よくこなしていくかが鍵である。それが故に、誰かにデータを用意してもらうのでは仕事にならないので、自らデータを手に入れて、分析用のファイルを素早く作るスキルを持つ必要がある。私も、過去IRスタッフを採用した時、新しく入ったスタッフには何よりも最初にSQLをとにかく最初に教えてきた。SQLを知ると知らないとでは、作業の効率性は雲泥の差であるからである。日本のIR担当者もいち早く、SQLを学ぶことを薦めたい。知っていて決して損することのないスキルであると思う。

柳浦氏はその他にも米国のIRに関する講演等を行っており、WEB上で資料を閲覧できますので、ご一読いただければと思います。*11また、メイン州立大学オーガスタ校にてリサーチアナリストとして勤務されている本田寛輔さんは、米国のIR部署の業務に関する発表を多数行っていらっしゃるので、こちらの資料もあわせてご覧いただければと思います。*12 *13 *14とはいえ、いきなりSQL言語の習得はハードルが高いと思いますので、まずはExcelデータを上手に活用していくことが必要かなと思います。その辺りの情報は「大学職員の書き散らかしBLOG」にて分かりやすい解説記事がありますので、こちらも参照してみて下さい。*15 *16

このようにアメリカ国内だけでも非常に多種多様な事例が存在し、各大学が自らのミッションに基づいて必要なデータを分析していることが分かったかと思います。このようにIRについても一般的なモデルを設定することは容易ではなく、各大学が教育改善並びに経営上の重要課題を自ら設定し、意思決定に役立てていこうという姿勢を示すことこそが具体的なIRの実現に繋がっていくのではないでしょうか。

*1:ニッセイ基礎研究所のIR(Institutional Research)に関するレポートが分かりやすい http://d.hatena.ne.jp/high190/20121127

*2:私大職員によるIR(Institutional Research)文献メモをまとめたサイトを見つけました http://d.hatena.ne.jp/high190/20120803

*3:LEAPプログラム参加の大学職員による研修報告を聞いてきました http://d.hatena.ne.jp/high190/20120730

*4:IR(Institutional Research)での大学間相互評価と、日本版IRについて考えよう http://d.hatena.ne.jp/high190/20111222

*5:私学事業団発行の「月報私学」に掲載されている「大学経営とIR活動」が面白い http://d.hatena.ne.jp/high190/20110822

*6:http://jpn.teradata.jp/library/ma/ins_1310a.html

*7:Oracle Student Information Analytics Higher Education http://www.oracle.com/us/industries/education-and-research/higher-education/overview/index.html

*8:IBM SPSS Academic Solutions http://www-01.ibm.com/software/analytics/spss/academic/solutions/administrators.html

*9:SPSSの使い方の目次 http://www2.kokugakuin.ac.jp/~ogiso/spss/

*10:コンサルタント紹介  http://www.postsecondaryanalytics.com/takeshis-bio-japanese/

*11:アメリカのInstitutional Research IRとはなにか? http://www.zam.go.jp/n00/pdf/ni005012.pdf

*12:米国のInstitutional Researchの概要と日本への示唆 大学評価コンソーシアム_事例・実例紹介 平成22(2010)年度 http://iir.ibaraki.ac.jp/jcache/documents/2010/acc2010_2nd_honda_ppt.pdf

*13:講演会「米国の学習成果の診断 ‐教育プログラム次元のルーブリック‐ 」(平成25年4月12日開催)大学評価・学位授与機構 http://www.niad.ac.jp/n_kenkyukai/no13_20130412_honda.pdf

*14:10分でIRを語ろう! 評価・IRシンポジウム「大学に求められるIR機能の実現に向けて」大学評価担当者集会(2013/8/22) http://www.kobe-u.ac.jp/topics/top/pdf/t2013_09_03_02-6.pdf

*15:IR・データ分析に思う 〜まず何をすれば良いのか〜 http://kakichirashi.hatenadiary.jp/entry/2014/03/02/225449

*16:IR・データ分析に思う その2 〜グラフをどう読むか〜 http://kakichirashi.hatenadiary.jp/entry/2014/03/03/215558