Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

大学職員独自のワークモチベーションとメンタルヘルスに関する研究を調べてみる

high190です。
日々の仕事の中で、自分の労働に対するモチベーションはどこから湧いてくるのかをふと考えるときがあります。そう考えると職場環境がモチベーションに与える影響は結構大きいのではないかとの考えに至りました。そこで、大学職員のメンタルヘルスとワークモチベーションの関係性を研究している人がいないか調べてみたところ、面白い研究成果に行き当たりましたので、ご紹介します。


[目的]
本研究は、(1)大学事務職員独自のワークモチベーション尺度を作成し、その尺度を用いて職場のメンタルヘルスとの関係を調査すること、(2)3ヶ月間の運動介入が大学事務職員独自のワークモチベーション(以下WM)及び職場のメンタルヘルスに及ぼす影響を調べることを目的とした。

[研究方法]
アンケート調査にて個人的属性及び大学事務職員のWMを規定する要因を調査・分析し、大学事務職員独自のWM尺度(自己発信・他者からの評価・職務のやりがい・職業満足感・帰属意識・職場内人間関係:6因子23項目)を作成した。そして、「職場のメンタルヘルス測定尺度」(MHI-5)を独立変数、上記のWM尺度を従属変数として重回帰分析を行った。運動介入は男性事務職員20名を対象とし、歩数計を用いて実際の運動量を測定し、3ヶ月間(週2日:1回あたり速歩30分間)を行った。

[研究結果]
メンタルヘルス項目の「やりがい・達成感」はWM項目すべてに関係性が認められた。また、「疲労・消耗感」は、他者からの評価、職業満足感、帰属意識に関係性が認められ、さらに「社会関係の回避」は、職務のやりがい、職務満足感、職場内人間関係に関係性が認められた。また、3ヶ月間の運動介入の結果、メンタルヘルス項目の「勤労意欲の減退」、「疲労・消耗感」、「余裕・ゆとりのなさ」が改善し、大学事務職員のWM項目の職務満足感が向上した。

これらの結果より、職場のメンタルヘルスが大学事務職員のワークモチベーションを部分的に予測することが明らかとなった。そして運動介入を実施することにより、職場におけるメンタルヘルスが改善され、大学事務職員のワークモチベーションが向上する可能性が示唆された。

この研究は科学研究費補助金の奨励研究ですが、著者の村上郁磨さんは現在、久留米大学産学官連携戦略本部に在籍されているようです。*1職場のメンタルヘルスがワークモチベーションを部分的に予測するという結果はなかなか興味深いですね。男女共同参画社会の推進を考えると、アンケート調査結果を基に運動介入を行ったのは男性事務職員だけのようですので、女性職員の場合はどうなのかも知りたいところです。
また、大学職員時代の勤務経験を活かして大学職員の労働負担とメンタルヘルスに関する論文を執筆した方もいらっしゃいます。株式会社岩田教育・経営研究所の岩田恭さんは、大学職員時代の経験を博士論文としてまとめ、現在はコンサルティング会社を経営されています。*2博士論文の要旨及び審査結果の要旨が公表されていますので、そちらの中身も読んでみましょう。


大学職員で構成される大学行政管理学会の会員が最も関心を示さない“健康管理”に着目し、大学現場に勤務する職員の立場から、職員の心身の健康障害に関わる主な原因は職員の抱える業務量の増大に加え、意思決定権限の制約などを始めとする職務特性が影響しているとの考えを述べた。
(中略)
本論文「大学における職員の労働負担に関する研究―組織人間工学的アプローチによる能力開発のための基盤形成―」は、大学職員の抱える業務の多様化・高度化に伴い、従来とは異なる様々な労働負担が精神的・肉体的ストレスと疲労を発生させ、モラールやモチベーションを著しく低下させ、能力開発への意欲の低下どころか、個々人の本来的能力の発揮にまで悪影響をもたらしているとの認識を出発点としている。この基本的認識の妥当性を調査・分析により明確にし、その原因を業務量の増大や業務の質的変化への対応困難性のみに限定することなく、業務上の特性、特に日本的特質である意思決定権限のあり方などにも拡大している。
(中略)
蓄積的疲労徴候調査CFSI(Cumulative Fatigue Symptoms Index)と健康調査票THI(the Total Health Index)を使用し、全国の大学・短期大学50校、1650名に調査依頼し、25校、406名の職員から得られた回答(回答率:24.6%)結果を分析している。CFSIで比較対象となる基準集団は、労働負荷の大きい職場集団である。他方、THIで比較対象となる標準集団は、健康管理が進んでいる事務系・営業系を中心とした健常な集団である。調査結果を要約すると、CFSIでは「労働意欲の低下」と「イライラの状態」の訴え率が有意に小さい以外は、基準集団と有意差は見られない。すなわち、仕事への取り組みに問題はないものの、基準集団に近いストレス状況にあることが判明した。また、THIでは、「攻撃性(積極性)」と「神経質」が標準集団に比べて有意に低い訴えであるのに対し、「多愁訴」をはじめとした身体的尺度と「情緒不安定性」をはじめとした精神的尺度の多くは、標準集団に比べて訴え率が有意に高い。両調査の結果から、大学職員は相当な労働負担を強いられており、心身ともに標準集団に比べ健康状態が不良であることが判明した。
(中略)
知識基盤社会における高等教育機関の更なる充実のために、大学職員の労働負担の現状認識から始まり、労働負担の要因に関する基本仮説を提起し、組織人間工学的視点から能力開発および能力発揮のためのメンタルヘルス・マネジメントの導入について提案している。しかし、提案にとどまるものであり研究成果は今後を待つことになる。それに代わり、組織人間工学及びホスピタリティ・マネジメントの視点から、グループワークモデルを構築・実践し、その有効性の一端を実証的に示している点は、当該研究分野に新しい一歩を踏み出したものとして高く評価できると共に今後の継続研究に大きな期待が寄せられる。

私個人としては「大学職員で構成される大学行政管理学会の会員が最も関心を示さない“健康管理”に着目」という部分に目が行きました。それだけまだ大学という職場において、メンタルヘルスケアの重要性に関しての認識は十分ではないことの裏付けではないかと思います。大学職員の業務も時代の流れと共に複雑化・高度化したため、上記の2つの研究が指摘するとおり、職員のメンタルヘルスを取り巻く環境が悪化していることは間違いないかと思います。具体的な事例として、東京大学横浜国立大学専修大学のようにメンタルヘルスケア支援プログラムを導入している大学もありますので、他の大学においてもさらに導入が進むことが予想される分野です。*3 *4 *5その他、最近では大阪商業会議所が実施する「メンタルヘルス・マネジメント検定試験」の受験者数が増えているのも、メンタルヘルス対策に乗り出す事業者が増えていることの証です。*6
なお、職場のメンタルヘルスを扱う組織として衛生委員会が挙げられると思いますが、労働安全衛生法*7では事業場に衛生委員会を置くことについて、次の通り規定しています。

(衛生委員会)
第18条 事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、次の事項を調査審議させ、事業者に対し意見を述べさせるため、衛生委員会を設けなければならない。
 一 労働者の健康障害を防止するための基本となるべき対策に関すること。
 二 労働者の健康の保持増進を図るための基本となるべき対策に関すること。
 三 労働災害の原因及び再発防止対策で、衛生に係るものに関すること。
 四 前三号に掲げるもののほか、労働者の健康障害の防止及び健康の保持増進に関する重要事項
2 衛生委員会の委員は、次の者をもつて構成する。ただし、第一号の者である委員は、一人とする。
 一 総括安全衛生管理者又は総括安全衛生管理者以外の者で当該事業場においてその事業の実施を統括管理するもの若しくはこれに準ずる者のうちから事業者が指名した者
 二 衛生管理者のうちから事業者が指名した者
 三 産業医のうちから事業者が指名した者
 四 当該事業場の労働者で、衛生に関し経験を有するもののうちから事業者が指名した者
3〜4 略

まだこの点のリサーチは途上ですが、上記の研究成果で指摘されているようなメンタルヘルス対策を取っている大学は少数ではないかと思います。特に中小規模大学の場合には、人出が慢性的に足りないこともあって、産業医との面談機会を設けてもあまり活用されないなど、職員の労働環境を適切に保つための対策は十分には行われていないのが実情ではないかと思います。ただ、職員のワークモチベーションを向上させるには、メンタルヘルスの対策を十分にしておくことが必要であることが示唆されていますので、職員として衛生委員会メンバーに名を連ねていらっしゃる方には、是非上記の論文等を一読いただきたいところです。
また、ひとりの労働者として自分自身のメンタルヘルスを健全に保つためにも、メンタルヘルスケアに関する資料に目を通すとともに、適切な量の運動をするなどして健康管理に努めたいものですね。

*1:久留米大学産学官連携戦略本部 http://www.med.kurume-u.ac.jp/med/joint/chizai/1_2.html

*2:岩田恭プロフィール http://iwata-e-m2211.com/profile.html

*3:大学職員向けのEAP(Employee Assistance Program)プログラムが今後、広まりそうな予感 http://d.hatena.ne.jp/high190/20110119

*4:アドバンテッジタフネス導入事例 http://www.toughness.jp/case

*5:導入企業インタビュー http://www.a.eap-net.com/interview/item06.html

*6:メンタルヘルス・マネジメント検定試験 http://www.mental-health.ne.jp/

*7:労働安全衛生法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S47/S47SE318.html