Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

教育再生実行会議による提言は大学ガバナンスの向上に資するのか

high190です。
第2次安倍内閣が発足してから、積極的な経済政策や政策提言などが行われ、「アベノミクス」という言葉を聞かない日がないぐらい、ニュースでも取り上げられることが増えています。
そして安倍内閣が掲げる成長戦略には当然、大学改革のことも含まれていますが、内閣に置かれた教育再生実行会議で様々な議論が行われており、少し前ですが、大学の教授会機能の見直しについての提言案をまとめたとの報道がありました。


政府の教育再生実行会議(座長・鎌田薫早稲田大総長)は、学長の権限を強化して大学改革を進めるため、実質的に大学の意思決定機関となっている教授会の役割を見直し、学長に助言することなどに限定するよう求める提言案をまとめた。教授会の役割は、学校教育法で「重要な事項を審議する」ことと定められているが、多くの大学では、教授会が審議だけでなく最終的な意思決定にまで関わっている。学長が大胆な改革を提案しても、教授会の同意が得られず実現しなかったり、意思決定が遅れたりするケースが少なくない。
ある国立大では、学長が英語による授業の推進を提案したが、教授会の反対で断念。私立大でも、民間の著名人を教授に登用できなかった事例があった。

この議論を踏まえ、教育再生実行会議から「これからの大学教育等の在り方について(第三次提言)」*1が5月28日付で公表されましたので、大学のガバナンス改革に言及している部分を抜粋します。

国や大学は、各大学の経営上の特色を踏まえ、学長・大学本部の独自の予算の確保、学長を補佐する執行部・本部の役職員の強化など、学長が全学的なリーダーシップをとれる体制の整備を進める。学長の選考方法等の在り方も検討する。また、教授会の役割を明確化するとともに、部局長の職務や理事会・役員会の機能の見直し、監事の業務監査機能の強化等について、学校教育法等の法令改正の検討や学内規定の見直しも含め、抜本的なガバナンス改革を行う。

(中略)

我が国の高等教育の大部分を担っている私立大学が、多彩で質の高い教育を展開するとともに、グローバルな視野を持つ地域人材の育成や、飛躍的に増大する社会人の学び直しに積極的に対応できるよう、国は、財政基盤の確立を図る。その際、建学の精神に基づく教育の質向上、地域の人づくりと発展を支える大学づくり、産業界や他大学と連携した教育研究の活性化等の全学的教育改革を更に重点的に支援する。また、大学設置基準等の明確化や大学設置審査の高度化、必要な経営指導・支援や改善見込みがない場合の対応など、大学教育の質を一層保証する総合的な仕組みを構築する。

私の個人的意見ですが、学長がリーダーシップを発揮して教学運営できるようになることには賛成です。しかしながら、その実現のためには大きな課題があることも理解しておく必要があり、大学を運営するに相応しい「アカデミック・アドミニストレーター(教学管理職)」をどのようにして養成していくかが問題になります。大学のアドミニストレーションを担う人材を育成することの重要性は、上山隆大慶應義塾大学総合政策学部教授が外部有識者ヒアリングの中で、以下のように述べています。*2

多くのアメリカの大学では、学長の任期は10年以上に及び、学長は最初の2年ほどの間に自らの任期を支えるための旺盛な寄付事業を行う。その最初の準備段階で、他の大学の差別化を図り、それぞれの地域での「エクセレンス」競うための長期戦略構想を書くことが多い。その際、10年間のシナリオを、extreme、standard、modestに分けて詳細に描くのである。その内容は、「18歳人口の動向」「地域経済の発展予想」「国全体の研究者の動向」「知識社会の行方」「他大学との競争の実態」「パトロンとしての国家予算と大学との関係」「グローバル展開の可能性」など、実に多岐に渡る。それに基づいて、公的な知識の拠点としての大学のグローバル競争を見据えた戦略を作り上げることが、Office of Presidentの重要な使命となる。その時に重要な役割をするのは、大学内部の研究行政を担い、あらゆる分野に目を配ることのできるような「プロボスト」の存在である。スタンフォードの場合、国務長官になる前のコンドリーザ・ライスもそうであった。今の学長のヘネシーもかつてはこの地位にいた。日本においては、この戦略的な大学ガバナンスを作り上げる機構がきわめて弱い。

(中略)

上記のようなグローバルな戦略を考える時に、「公益」と「私益」の関係をもう一度考え直す必要があるのではないか。新しい知識の「成長点」を作り出すことが研究大学の役割だとすれば、その成長を生み出していくのは、個々のアクターの私的な利益を求めるモチベーションである。研究者が自らの名声を求めて研究に励むとき、新たな知識を作り出そうという欲望に駆られて実験室に閉じこもるとき、さらにはそれらの研究者を束ね上げて、組織としての学科や大学そのものが名声を追い求めようとするとき、これらどれもがそれぞれの立場での私的な利益を追求しようとする姿勢に他ならない。このようなアクターのインセンティブを緩やかに管理し、できる限り多くの成長点を生み出し多様な知的基盤を作り出すことによって、「公益」に合致するような「知識のマネジメント」を行なうのが、大学執行部のガバナンスに問われる責務である。

上山教授の指摘では、アメリカの大学を例に見た場合、単純に学長の権限を強化すれば大学ガバナンスがうまくいく訳では無く、Provostの存在が重要であることが分かります。一昨年度にLEAP(Long-term Educational Administrators Program・国際交流担当職員長期研修プログラム)に参加して、アメリカの大学でインターンをされた方から伺ったお話と同じ指摘であることは興味深いです。*3また、大学の戦略を構築するにあたってはOffice of Presidentに優秀な人材がいなくては、学長の戦略策定を具現化することは叶いません。このことはIR(Institutional Research)とも関わってくる部分で、アメリカの大学ではIR部署はOffice of President又はOffice of Provostなど役職者の直下に機能が置かれる場合が多いことが報告されています。*4このように学長を取り巻く教学管理職と執行部を担う職員双方にかなりの能力が要求されることになります。
それでは、諸外国ではアドミニストレーションを担う教学管理職を養成するにあたって、どのように能力開発を行っているのでしょうか。日本では、私学事業団が「私学リーダーズセミナー」といった理事長・学長等を対象にした研修は行っていますが、*5日本における教学管理職の育成はどのようにして行われるのが望ましい形なのかを考えていく必要があります。このことについては、名城大学大学院大学・学校づくり研究科の中島英博准教授*6による先行研究が参考になるのではないかと思いますので、ご紹介いたします。


大学における経営職人材の育成は、国際的に共通した課題でもあり、米国や欧州各国でも2000 年以降、急速にその必要性が認識されてきた。
学長をはじめ、副学長、学部長、学科長、研究科長、機構長、センター長といった教員組織の管理職はアカデミック・アドミニストレータ(以下、教学管理職とする)と呼ばれる。これらを対象とした経営能力向上研修の代表的な事例として、米国ハーバード大学が提供するリーダーシップセミナーがある(中島、2012)。これは、Harvard Graduate School of Education 内に組織されたHarvard Institutes for Higher Education が、1980 年代より提供しているプログラムであり、Management Development Program(12日間、参加費約7300ドル、要管理職経験3〜7年)、Harvard Seminar for New Presidents(5日間、参加費約5900ドル、学長就任1年以内)、Institute for Management and Leadership in Education(12日間、参加費約7800ドル、要管理職経験5〜12年)などの研修機会を提供している。その特徴を要約すれば、ビジネススクールで採用されているケースメソッド教育を行うこと、参加者を1カ所に集めた集合型・合宿型研修であること、ネットワーキングを兼ねるために施設や食事の質が高く参加費が高額になることなどがあげられる。

上記論文では、学長が選挙で選ばれたり、短期間で職を離れる日本では教学管理職が能力向上を図るインセンティブが少ないことを指摘しており、ハーバードのようなケースメソッド方式とは別の経営能力向上の方策として、北アイルランドのUlster大学でのリーダーシップ研修教材を参考にした取り組みが紹介されています。
教育再生実行会議では、学長のリーダーシップ機能を高めることを提言していますが、学長の在任期間がどの程度かによって、リーダーシップ開発の方法も変わってくるということです。また、前記の上山隆大教授の指摘にもあるように、アメリカの大学では学長の在任期間は10年以上に及ぶことが多いようです。学長のリーダーシップを強化するだけでなく、戦略マップの作成、*7IRや教学管理職を支える教職員の能力開発などを組み合わせなくては大学のガバナンスを強化することはできません。ガバナンス改革への道は遠く険しいものであるように感じますが、一介の職員としては以下に紹介する「大学経営 起死回生のリーダーシップ」などを読んでみることをおすすめします。

大学経営 起死回生のリーダーシップ

大学経営 起死回生のリーダーシップ

*1:「これからの大学教育等の在り方について」(第三次提言)(平成25年5月28日) http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/teigen.html

*2:第7回教育再生実行会議 資料5 上山隆大慶應義塾大学総合政策学部教授配布・説明資料 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/dai7/siryou5-4.pdf

*3:LEAPプログラム参加の大学職員による研修報告を聞いてきました http://d.hatena.ne.jp/high190/20120730

*4:ニッセイ基礎研究所のIR(Institutional Research)に関するレポートが分かりやすい http://d.hatena.ne.jp/high190/20121127

*5:第3回 私学リーダーズセミナー実施要領(案) http://goo.gl/AvmBV

*6:教員メッセージ 中島英博(Nakajima Hidehiro) http://emspd.meijo-u.ac.jp/people/nakajima.html

*7:日本の大学が海外の大学から学ぶべきものは何か?リーズ大学(University of Leeds)の戦略マップに学ぶ http://d.hatena.ne.jp/high190/20111124