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Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

ニッセイ基礎研究所のIR(Institutional Research)に関するレポートが分かりやすい

Diary Research Adaptive University IR

high190です。
これまでもIRのことはたびたび取り上げてきましたが、*1 *2 *3具体的にどうIRを実行するのかを解説する資料は少なく、特に日本の大学でのIR活用という観点で、具体的な分析手法等を説明する例はほとんど無かったのではないかと思います。日本生命が設置するシンクタンクであるニッセイ基礎研究所が発行している基礎研レポートに、IRについて詳しく紹介しているレポートがありましたので、ご紹介します。


IR という概念は、日本においては比較的新しいとされており、いまもって IR に関する研究も始まったばかりである。そういった意味では、IR についての研究は、今後より成長する分野とも考えられるが、現状では、明確な指針がない状態で場当たり的な取り組みとなっていることが多い。(中略)大きな問題点として、IRの具体的な手法が明らかにされていないことがあげられる。そこで、経営面に特化したIRに焦点を絞り、情報を活かし意思決定プロセスに結びつける手法をここに提案したい。

米国では、すでに、IRという言葉が意味するものが曖昧になってきていること、そして、大学の規模や名声によってIRの業務内容が異なることを受けて、IRを「再定義」するための積極的な議論が展開されている。
(中略)
米国では、IR がいわゆる大学における学術的研究(scholarly research)ではなく、実践的研究(practical research)であるにもかかわらず、その違いを誤解したまま、IRを研究対象とする者とIRの職務にあたる者との間に軋轢が生じてしまっている。また、IRを担当する部署の職務内容が、大学によって大きく異なることが、その定義を曖昧にしていることも指摘された。具体的には、大規模の大学では、IR 部署に所属する職員は潤沢に配属されるが、小規模の大学では、1名の職員がIRの業務全般に従事することが多い。

IRにおける6つの罠が紹介されている。
(中略)これら6つの罠を総括すると、「数量的な証拠で提示することの背景に、数字ですべてが語られているといった理解が進み、すべての活動が数量的なデータで示すことができるわけではないことが忘れられがちになる」こと、また、「都合のよい数字を強調して用いても客観的な数字で示されたものは納得性が高く、その恣意的な利用を見破るのが困難であること」ということに収斂することを吉田は指摘している。しかし、すべてを数量的データで説明するわけではなく、数量的データから得られる知見を活用することは、決して上述にあるような罠に陥る行為ではないことを、ここで改めて強調する必要があろう。IRという定義自体が、米国でも曖昧になり、再定義が検討される現在において、IRが持つ可能性を模索することは、十分に意義のあることと考えられる。

上記で指摘されているIRの6つの罠は次の通りです。

    1. 高等教育の将来に対して、過度に単純化したシナリオが描かれること
    2. そのために厳密な評価がされずに、変化を解決策としてしまうこと
    3. ベンチマークへ依存して安心し、当該大学に有利な情報だけを取り上げて学生獲得に利用することがあること
    4. 成果に基づく資源配分という政策のもとでは、特定の大学に研究費が集中する問題を引き起こすこと
    5. 大学に対する外部からの評判と大学の質とが混同されてしまうこと
    6. 当該大学にとって都合の悪い情報を無視すること

その他にも、アメリカのマサチューセッツ州ボストンエリアにある7大学*4のIR部門の比較は非常に興味深いです。この部分は是非本文中でご確認いただきたいと思います。

今回面談調査を実施できたのは7大学のみであるが、ここで、おおまかに類別することが可能である。それは、A:経営重視型、B:経営・教学バランス型、C:教学重視型の3スタイルである。多くの場合は、経営・教学の両方を対象とするスタイル B に該当すると考えられるが、IR部署が独立したものではなく、The Office of President(スタイルA)か The Office of Provost(スタイルC)のどちらかに所属することで、IR 部門の業務内容も変わるように考えられる。

最新の動向把握に加えて、IR先進国であるアメリカの事例を紹介しつつ、大学経営におけるリスク管理手法についての考察として金融統計モデルの判別ツリー分析とロジスティック分析を混合したモデルを使用して、大学経営の戦略策定を支援するツールになり得るとの仮説が紹介されています。

各大学の実情とニーズに沿ったかたちで、IR のフレームワークが規定されるのである。経営に特化するにせよ、教育に特化するにせよ、いずれの場合においても、IRというコンセプトが担う役割は大きい。それは、自大学を「研究」するという言葉に含意されるところからも自明である。研究する対象は、学内の実態を他大学のそれに照らし合わせて行われるため、当然、経営面でも教育面でも、自ずと比較的視点からのものとなる。
したがって、本レポートが全大学もしくは全私立大学を取り上げることは非常に重要な要素であることを改めて強調したい。競合大学間での比較検証は IR の一つの特徴的な形態ではあるが、その視野をさらに俯瞰的な軸に置くことで、大学市場における自大学の優性・劣性を認識できる。そして、この認識は、今後各大学が取るべき大まかな方向性、方針、ビジョンといったものの制定に貢献するものである。

(中略)

ここで重要な点として、そういった新しいモデルを積極的に既存のフレームワークに組み込み、試行錯誤してよりよいIR用のモデルを探求し提案する姿勢、また、モデルの結果が一人歩きすることを避けるためにも、常に再構築と再検証し続ける姿勢が、これからの大学経営及び教育の分野には重要になる。なお、常に新しい知識を採り入れそして経営スタイルを形骸化させないという姿勢の重要性は、米国での調査を通して痛感したことでもある。

レポート全編を読んで最も頷いたのが、「常に再構築と再検証し続ける姿勢が、これからの大学経営及び教育の分野には重要になる。」という指摘でした。上記の判別ツリー分析とロジスティック回帰分析の解説部分は数式がたくさん出てくるなど、かなり専門的かつ具体的な形で分析が行われています。私は数学が苦手だったもので、数式を見ると拒否反応が出ますが、本当にIRをやるならばこうしたモデルを理解することが不可欠であるように感じました。いつまでも同じ考え方、同じやり方では進歩がないということは、当たり前のようですが、非常に難しくかつ今の日本の大学にとって重要な示唆を与えてくれているような気がします。職員として取り組むべき課題はまだまだ多くあるように思います。
ちなみに今回レポートを発表されたニッセイ基礎研究所の大山篤之研究員と玉川大学教育学部准教授の小原一仁准教授は、これまでにも共著でいくつか論文を発表されていますので、*5 *6そちらもあわせてご覧いただくと、今回のレポートをより深く理解することに繋がるかもしれません。

*1:私学事業団発行の「月報私学」に掲載されている「大学経営とIR活動」が面白い http://d.hatena.ne.jp/high190/20110822

*2:IR(Institutional Research)での大学間相互評価と、日本版IRについて考えよう http://d.hatena.ne.jp/high190/20110822

*3:私大職員によるIR(Institutional Research)文献メモをまとめたサイトを見つけました http://d.hatena.ne.jp/high190/20120803

*4:ボストン・カレッジ、ボストン大学ハーバード大学マサチューセッツ工科大学ノースイースタン大学、タフツ大学、マサチューセッツ大学

*5:リアルオプションアプローチの私立大学経営への応用(日本オペレーションズ・リサーチ学会 2007年秋季研究発表会) http://goo.gl/3aL8I

*6:超高齢社会に新たな門戸を開き始めた高等教育機関(ジェロントロジージャーナル) http://goo.gl/OMywY