Clear Consideration(大学職員の教育分析)

大学職員が大学教育、高等教育政策について自身の視点で分析します

読売新聞社の"「大学の実力」検索・WEB版"から大学ポートレートのあるべき姿を展望する

high190です。
大学のリアルな実態を明らかにする調査として、すっかり定着した感のある読売新聞社の「大学の実力」ですが、これまで紙面でしか見られなかった各大学の状況をWEB上で確認できるサイトを構築されたようですので、本ブログでも取り上げたいと思います。


大学は大きく変わっています。親御さんや進路指導の先生がご存知の大学ではありません。最も大きく変わったのは、教育です。
2人に1人が進学する時代ですから、学ぶ意欲のない人も珍しくありません。そういう学生をぴかぴかに磨き上げ、社会に送り出すため、大学が教育の見直しに取り組み、情報公開を進めています。
そんな時代だからこそ、偏差値や知名度より教育の中身で!2008年から始まった読売新聞の「大学の実力」調査が、あなたの選択をサポートします。

公表されたので、早速使ってみたのですが、複数の大学を一覧表示で比較できるのは分かりやすくていいなと思いました。具体例として国立大学法人のうち、経済学部で大学を8つ(一橋大学名古屋大学大阪大学東京大学東北大学横浜国立大学神戸大学)選んで比較してみました。(検索して知ったのですが、京都大学は大学の実力調査には回答していないみたいですね。紙面でも確認してみたいと思いますが、検索しても出てきませんでした。それともエラー?)
ただ、表を横にスライドする形だとちょっと見ずらいので、アメリカのCollege Portraitsのように単一ページに数字が一覧で表示されるような形態の方が利用者側が使いやすいと思います。(College Portraitsの表示内容については、過去の記事で取り上げていますので、そちらをご参照下さい)*1

表示画面のユーザーインターフェースなど、改善の余地はまだあると思いますが、大学受験で志望校を考える際、数量的な比較を行えるという点で便利なサイトだと感じました。他のブログなどにおいても、大学選びに有効なサイトであるというような声もいくつかあるようです。NPO法人NEWVERY理事長の山本繁さんはいち早く賛同するブログ記事を書かれています。*2
このように「大学の実力」検索は、おおむね好意的に捉えられているようですが、私が一番最初に感じたのは「本来、この役割を担うものが大学ポートレートではなかったか?」という疑問です。大学ポートレートが整備されたことによって、同一のプラットフォームで大学情報を閲覧できるようになった点はメリットだと思いますが、機関毎の比較にこそ真価が発揮されますし、大学情報を公表する意味があるはずです。なお、大学間での比較ができないことのデメリットについては、筑波大学の金子元久先生が度々指摘してきたことです。本ブログでも過去記事で取り上げましたが、重要なご指摘だと思うので、平成25年10月2日に開催された中央教育審議会大学分科会組織運営部会の第4回議事録を抜粋して再掲したいと思います。


それから,作られようとするポートレートは非常にきれいで,様々な指標は入れられていって,その意味では,もう2年もかかって検討をして,お金もかけてやっているのだろうと思いますが,しかし,先ほどもお話がありましたが,大学によって,これにエントリーしないことは選べますし,それから今後も,別にエントリーしないことは任意です。私は,この任意はいいと思うのですが,しかし逆に最大の問題は,このポートレートでは複数の大学を比較することはできません。一つの大学を決めてしか,この大学について情報があるということを見ることしかできません。例えば私の行きたい大学は三つ,四つある場合,この大学の間を比較することは,このポートレートからはできないという設計になっています。諸外国の大学情報公開は二段構えになっていまして,一つは自由に検索できるデータベース,2段目はステークホルダー,高校生を中心として,大学を選ぶ際に比較ができる画面が出るような工夫がされています。
いずれにしても,日本の大学でポートレートと称しているものは,そういった基本的な情報公開の要件を満たしていません。私は,これは何回も大学ポートレート委員会に私,委員で入っていますが,主張しましたが,全くどうしてか分かりませんが,それは認められないと言われました。私は,この委員会の民主的な運営から見ても,これはおかしいと思いますし,日本の大学改革の全体の展望からいっても,なぜ先進国の間の中で日本だけがここでとどまるのかというのは分かりません。これについて何回も私は申し上げておりますけれども,著しく遺憾であると申し上げます。文部科学省の責任だけであるのかどうかは分かりませんが,とりあえずは文部科学省に説明していただきたいと思います。これは,むしろ日本の大学全体を交えた問題だと思います。
こういったところで,従来の秩序を壊したくないというプレッシャーが,私は端的に言って働いていると思いますが,こういったところを一つ一つ整理していかなければ,幾らここで議論していても余り意味がない。でも,この組織運営部会もそれで議論をやっているわけで,何も手が打たないというのを大変不満に,部会長も指摘されているところでありますが。しかし,私は,こういう基本的なところで,実際にやろうと言ったことも進まないようでは,きちんとした手を打っていないのは当たり前だと思います。これについては,私は何回も申し上げますけれども,非常に強く主張したいと思います。以上です。

大学ポートレートが構築された一番の理由は、大学教育の質保証のためです。しかし、実態として税金を投入して構築した大学ポートレートではなく、民間の新聞社が行っている調査の方が大学教育の質保証に資するということであれば、これほど大きな自己矛盾はないのではないでしょうか。ポートレートの構築に関しては国家予算も投入されている訳ですから、*3 質保証に繋がっているかどうかを政策的に検証していく必要があります。
また、これは私立大学に限った話ですが、今年からは私立大学等改革総合支援事業のタイプ1で「大学ポートレートに参加しているか」という設問が新規に追加されました。補助金獲得のために各大学は動くでしょうから、今後も大学ポートレートに情報を登録していくことが容易に想像できます。しかし、大学間比較ができないことで受験生や保護者に情報が伝わらないと仮定するならば、行政・大学・受験生の3者にとっても不幸なことです。この点を踏まえても、やはり大学ポートレートに大学間比較が可能となる機能を実装することこそ、あるべき姿に繋がるのではないかと私は思います。真に利用されるための公的データベースを目指して、大学ポートレートの進化に期待したいです。

【2015/09/14追記】
文部科学省が平成27年度に行った政策評価独立行政法人評価のうち、中期目標管理法人評価にて私学事業団の業務実績評価が公表されていますが、その中に私学版大学ポートレートについての記述がありますので、こちらでもご紹介します。なお、私学版大学ポートレートの構築に係る費用も公表されており、事業団の助成業務の収益から3億4千2百万円を拠出したとあります。*4具体的な費用なども明らかになってきましたので、今後の大学ポートレートの充実化に関する議論を継続して望みたいですし、大学の質保証に繋がる仕組み作りを考えていかねばなりません。

<評定に至った理由>
大学ポートレートの構築にあたっては、私学版ポートレートを構築し、予定どおり平成26年10月に稼働させたこと、また、私立大学等への積極的な働きかけや学校法人へ配慮したプレリリース等の実施により、平成 26 年度末の学校参加率について、稼働前に行った学校法人に対する参加意向調査の結果(参加見込み率71.1%)を上回る約9割と高い参加率となったことは高く評価できる。また、広報活動等については、本ポートレートの利用者である高等学校を所管する都道府県にリーフレットを配布するなど適切に取り組んでいると言える。これらのことから、大学ポートレートへの参加学校数が、見込み数より増加したことについて、ポートレートの構築と広報活動による成果と考えられるものの、その因果関係は明確ではなく、所期の目標を上回る成果をあげているとは判断しがたいことから、中期目標に向かって順調に実績をあげていると言うにとどまるため、評定をBとする。
<指摘事項、業務運営上の課題及び改善方策>
特になし
<その他事項>
有識者からは「私学事業団におけるポートレート参加校の増加に向けての努力や取組は評価されるべきであるが、計画及び評価の視点は「ポートレートの構築」と「広報活動」であることから、これらの取組等が中期計画における所期の目標を上回る成果にどのように繋がるのかを明確にしたうえで評価をすること。」と意見があった。

*1:大学ポートレートに関わる私立大学の状況を整理する http://d.hatena.ne.jp/high190/20140408

*2:読売新聞、グッジョブ!!ついに、大学間の教育情報の比較が可能に(「大学・NPO経営」と「初めての子育て」) http://blog.livedoor.jp/kotolier/archives/51978489.html

*3:構築にかかる費用等を調べていますが、まだ情報を見つけられていないので、見つけ次第掲載します

*4:日本私立学校振興・共済事業団(助成業務)の平成26年度における業務の実績に関する評価(文部科学省)によると、「大学ポートレート(私学版)の構築にかかる開発費(3億4千2百万円)は、参加学校に費用負担をかけず、その全てを助成業務の収益でまかなった。」とあります。 http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2015/09/11/1361260_15.pdf

日本学術会議が7月31日(金)に「人文・社会科学と大学のゆくえ」と題した公開シンポジウムを実施するので、お知らせします

high190です。
国立大学法人を巡る改革状況はめまぐるしく動いていますが、*1 *2特にその中でも議論の対象になっているのが人文社会科学系の学部・大学院の再編についての議論です。
この政策動向を受けて、日本学術会議が「人文・社会科学と大学のゆくえ」と題した公開シンポジウムを開催するそうですので、当ブログでもご紹介したいと思います。


文部科学大臣は去る6月8日、各国立大学法人に対して、「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」の通知を行ないました。そこでは、国立大学法人の組織の見直しにさいして「特に教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、18歳人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等を踏まえた組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする」とされています。このことがわが国における人文・社会科学のゆくえ、さらには国公私立を問わず大学のあり方全般にどのような影響を及ぼすか、また今後、人文・社会科学はいかにあるべきか、どのような役割をはたすべきかについて、緊急に討論を行ないます。
日本学術会議の会員・連携会員、大学関係者のみならず、この問題に関心をお持ちのメディアや市民の皆さまのご参加をお待ちしています。

登壇されるメンバーも非常に豪華ですね。以下が当日のタイムラインです。個人的には本田由紀先生がどのような観点で発言されるのかに関心があります。

人文・社会科学系の見直しについては、京都大学総長を始めとして多くの場所で反対意見も出ています。*3これからの社会において、大学の人文・社会科学系の学問がどのような点で貢献していけるのか、議論の内容に注目したいと思います。

*1:国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて(通知) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/062/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2015/06/16/1358924_3_1.pdf

*2:国立大学経営力戦略 http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2015/06/24/1359095_02.pdf

*3:山極壽一・京都大学総長インタビュー 「歴史や文化を科学に結び付け優秀な学生を世界に送り出す」 http://diamond.jp/articles/-/74128

日本の大学経営に必要な"人材体制"とは

high190です。
産業界と大学との関係性が変化してきていることについて、最近色々な場面で資料等から感じます。ある意味、国家戦略としての大学改革を産業競争力会議などで主導し、その議論をベースに大学改革の諸政策が動いているということです。
では、そういった議論の下地はどのように作られているのでしょうか。そのポイントとなるひとつのイベントが日本経団連主催で開催されていましたので、そちらの内容を踏まえながら、大学の現場で働く者の目線から捉えなおしてみたいと思います。なお、本稿は主として国立大学法人を対象とした内容になると思われますが、現状の国立大学改革に関する流れや懸念材料などを詳細にまとめたブログがありますので、そちらをリーディングアサインメントとして読んでいただければ、より理解が深まると思います。*1


21世紀政策研究所榊原定征会長、三浦惺所長)は15日、都内で第114回シンポジウム「研究開発体制の革新に向けて―大学改革を中心に」を開催した。研究プロジェクト「ナショナルシステムの改革方策に関するプロジェクト」(研究主幹=橋本和仁東京大学大学院教授)の研究成果を紹介するとともに、特に注目されている大学改革を中心に議論した。

■ 研究報告「研究開発体制の革新に向けて」

冒頭、橋本研究主幹が、大学改革、研究開発法人改革、科学技術イノベーション拠点の形成、産業界の変革について研究報告を行った。政府は、成長戦略の推進にあたってイノベーションを重要視し、特に大学の役割が不可欠であるとして「大学改革」を進めていると解説。国としてのイノベーション創出のシステムをつくるためには、産学官の連携拠点をつくり、大学と研究開発法人がそれに向けた制度改革を行い、産業界も協力して産学官が一体となって連携を推進することが重要であると指摘した。また、「尖ったサイエンスから生まれる真のイノベーション」を得るために、産業界は大学を育てることに対して当事者意識を持ってほしいと述べた。

■ 講演「アメリカにおける大学改革とグローバル戦略」

続いて、上山隆大・政策研究大学院大学副学長が講演を行い、キャッチアップ型の経済から抜け出すためにはまったく新しいイノベーションが必要であり、それを担うのが、新しい知識、アイデア、構想、概念をつくり出すための実験場である「研究大学」だと指摘。
アメリカの大学はかつて今の日本と同じような状況に置かれていたが、1980年代に、国家戦略として技術移転、知的財産を重視するように変革するなかで、大学の収入を多様化して財務基盤を強化するとともに、大学本部のガバナンスとマネジメント力を強化して、大学全体の戦略を考えた資金配分を行い生き残ったと説明した。そのうえで日本の大学改革について、産業界が積極的に関わり、投資することが非常に重要であると述べた。

■ パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、澤昭裕・21世紀政策研究所研究主幹をコーディネーターに、上山氏、須藤亮・経団連未来産業・技術委員会企画部会長、橋本研究主幹の間で、会場からの質疑も交えた活発な討議が行われた。

須藤氏は、実現すべき日本の姿を産学官で共有することが重要だと指摘。大学は経営的な視点を持ち、教育や研究をビジネスとしてとらえる観点が必要だと訴えた。さらに大学も変わってきており、(1)大学を育てる意識(2)産学官連携でオープンに研究開発する領域の拡大――等について、産業界としても早急に議論する必要があると述べた。

上山氏は、アメリカにおけるプロボスト(研究・学術担当副学長)のような大学経営ができる人材を育成する必要がある等を指摘した。

橋本研究主幹は、(1)実現すべき日本の姿を産学で共有するのは容易ではないが、政府の科学技術基本計画がこれに相当する(2)大学に経営人材が育つのを待っていられず、今ある人材で対応しなければいけない(3)産業界とさらなる意見交換をしたい――と述べた。

さて、色々と取り上げていきたい点がありますので、順番に書いていきます。
まず、上山隆大教授が指摘するアメリカの大学における1980年代の議論についてです。この点については、上山先生が産業競争力会議文科省の会議で発表されている資料を見れば、大凡の流れが掴めるかと思います。*2 *3また、私のブログでも取り上げさせてもらったことがあります。*4アメリカが1980年代に大学の危機をどのようにして乗り越えたのか、その点を多くの場で話されています。なお、このことに関連しては、上山先生が2010年に書かれた以下の著書を読むと、より理解が深まると思います。

上記の発表資料のうち、産業競争力会議での発表内容から一部を引用します。

アメリカの大学の財務環境は激変している。そしてそれは世界の大学の潮流でもある。日本の大学の財務状況は、国立大学の運営費等交付金の一律削減の影響や、18歳人口の減少によって悪化しているが、諸外国と較べればその減少の度合いはそれほどではないし、日本の大学行政は、むしろ安定している。問題は、諸外国の大学が自らの力で財務環境を改善する努力を重ねているのに対して、日本の大学の財務マネジメントには、それを追究する自由と気概が失われていることである。また、民間からの寄付を含めた活動が欠かせないにもかかわらず、そのような努力が「公的」あるいは「国家的」な利益に直結するという認識に欠けていることに問題がある。

(中略)

ハーバード大学では、80年代に入ると Office of Presidentの人件費が急速に増大している。つまり、全大学のビジョンを決めマネジメントを行なう体制が急速に発展したことを示している。

このように財務マネジメントを柔軟に行えるような体制を整備すべきという意見です。また、ハーバード大学においてOffice of Presidentの人件費が急激に増大していることに触れています。これは、大学がマネジメント能力のある人材を集め、ガバナンス体制を強化していったということを証するものです。また、先に紹介した日本経団連のシンポジウムや産業競争力会議において、上山先生はプロボストの重要性を掲げています。では、プロボストとはどのような人物を指すのでしょうか。また、日本の現行法令等において実現可能性があるか否かを整理しておきたいと思います。現行法令において可能か否かですが、今年4月から施行された改正学校教育法において、副学長の職務を明確化する条文が新たに設けられました。*5

(1)副学長の職務(第92条第4項関係)
副学長の職務は,これまでは「学長の職務を助ける」と規定されてきたが,学長の補佐体制を強化するため,学長の指示を受けた範囲において,副学長が自らの権限で校務を処理することを可能にすることで,より円滑かつ柔軟な大学運営を可能にするため,副学長の職務を,「学長を助け,命を受けて校務をつかさどる」に改めたこと。

このように、アメリカの大学におけるプロボストのような職務を担う機能については、法令面ではカバーされたところです。しかしながら、先に私が紹介したブログ記事「教育再生実行会議による提言は大学ガバナンスの向上に資するのか」でも指摘したところですが、アカデミック・アドミニストレーター(教学管理職)をどのように育成していくか、という点の議論はまだまだ足りていないのではないかと思います。また、LEAP研修でアメリカの大学を直に体験した方のお話を聞いたときにも、プロボストのことが頻繁に語られていたことが印象に残っています。*6では、この点に関する先行研究があるか否かですが、こちらについては、科学研究費補助金の奨励研究にて「大学戦略マネジメントにおけるマネシャー職の再定義と組織化に関する研究」が行われ、成果報告書が公開されていますので、こちらでご紹介したいと思います。この研究成果をまとめられた吉崎誠さんは、当時、国際教養大学に勤務されていました。現在は関西外国語大学で事務局長をお務めです。*7


(1)研究目的:
本研究は、マネージメントのあり方を視野に収めて、国立大学法人化後の大学経営に求められるようになった戦略計画(中期目標・中期計画)の形成のプロセスのあり方と、それを実践するマネジャー職の役割について検証するものである。
(2)研究方法:
このために、戦略計画の構造・内容に係る先行研究を整理するとともに、本研究の底本となった"Strategic Planning for Public and Nonprofit Organizations-Rev.ed."(1995;Jossey-Bass)の著者であるJohn M.Bryson(Professor,University of Minnesota)に、大学組織における戦略計画の構造、策定過程などについてインタビューを行った。また、米国の主要な大学の戦略計画をWebから得るとともに、ミネソタ大学、オレゴン州立大学を訪問し、戦略計画の形成過程、マネジャーの係わり等に関して、トップマネジャー(副学長)やミドルマネジャー(学部長)、これらを支援するInstitutional Research Officeの所長などの担当者へのインタビューを試みた。また、日本同様に、最近大学の法人化に踏み切った台湾の国立臺灣大学、真理大学、開南大学を訪問し、トップマネジャー(学長、副学長)およびミドルマネジャー(学部長など)へのインタビューを行い、大学における戦略計画に係わる情報を収集した。
(3)研究成果:
戦略計画は、いまや大学におけるマネージメントを語る上での共通のツールとなっていると言っても過言ではない。それは、プランニングされたビジョン・戦略・計画などを組織の内外に対する最も重要なコミュニケーションとなっている。
これら戦略計画は、アメリカの大学では、トップダウンボトムアップのミックス型で形成されている。タスクフォースを形成し、内部環境分析・外部環境分析を行い、多くの構成員が数年をかけ議論し策定に至っている。また、いい提案は他のタスクフォースに紹介し、各タスクフォースの意見に傾聴するなどProvost(副学長)の果たした役割が大きいが窺われた。他方、戦略計画の導入に日の浅い日本および台湾の大学における戦略計画は、トップダウン的な手法により策定している傾向にあり、戦略計画にも進化のフェーズがあることが見てとれた。
今後の課題としては、日本の大学において戦略計画(中期目標・中期計画)を経営にいかに浸透させるか、またマネジャーの果たす役割などについて、引き続き検証していきたい。

上記の研究成果では、大学における戦略計画の策定・実行に関する諸外国の大学マネジャーに対するヒアリング結果をまとめたものですが、戦略計画の策定にあたって、タスクフォースとの関係におけるプロボストの役割に関する言及があります。このような点は日本における大学ガバナンスの進化にあたって、非常に重要な示唆を持っていると思います。戦略計画とは?という点では、私のブログで紹介したことがありますので、そちらもあわせて参照していただければと思います。*8国際教養大学は、英語のみの授業・留学の必須化を推し進めた先駆的な大学ですが、加えて教授会なども英語のみで実施するなど、ガバナンス面でも欧米のモデルを取り入れた大学であると思います。そうした大学を作るところから参画していた方が上記のような研究を行われていることは、興味深いと思います。
これまで挙げてきたように、大学のガバナンスに関わるプロボストの重要性は様々な人物が指摘しているところです。しかし、プロボストにはどういう人物がなるべきか?という問いには明確な答えがないのも事実です。このことからも、各大学においてガバナンスの重要性を理解し、自学のミッションに適合する人材を配置(外部からのリクルーティング、内部での育成の両面)していくことが求められています。
また、職員においても、大学組織の構成員の一員として、上記のような動向を理解して、ガバナンスの向上にあたって自分がどのような形で参画していけるのかを考えなくてはいけないのではないでしょうか。

*1:ここ最近の大学改革の流れと今後の国立大学。(大学職員の書き散らかしBLOG) http://kakichirashi.hatenadiary.jp/entry/2015/06/12/001130

*2:大学のガバナンスと戦略力の強化(2014年11月19日 産業競争力会議「新陳代謝・イノベーション WG」) http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/wg/innovation/dai3/siryou2-1.pdf http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/wg/innovation/dai3/siryou2-2.pdf

*3:大学財務から見た研究経営の戦略的マネジメント(2015年5月14 (木) 競争力強化に向けた大学知的資産マネジメント検討委員会@文部科学省) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu16/008/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2015/05/29/1358325_5_1_1.pdf http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu16/008/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2015/05/29/1358325_5_1_2.pdf

*4:教育再生実行会議による提言は大学ガバナンスの向上に資するのか http://d.hatena.ne.jp/high190/20130610

*5:学校教育法及び国立大学法人法の一部を改正する法律及び学校教育法施行規則及び国立大学法人法施行規則の一部を改正する省令について(通知) http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1351814.htm

*6:LEAPプログラム参加の大学職員による研修報告を聞いてきました http://d.hatena.ne.jp/high190/20120730

*7:http://www.rcus.tsukuba.ac.jp/news/2013news/201402workshop.pdf

*8:日本の大学が海外の大学から学ぶべきものは何か?リーズ大学(University of Leeds)の戦略マップに学ぶ http://d.hatena.ne.jp/high190/20111124

大学職員の目線から、経済同友会の大学に対する提言文を読む

high190です。
3月27日付で中央教育審議会から「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の在り方について(審議のまとめ)」が公表されましたが、*1その6日後に経済同友会から、大学教育に対する提言が公表されています。提言では、グローバル社会・経済の中で、日本の置かれた状況を踏まえ、求める人材像を示し、求める人材の育成に向けて、企業、大学がなすべきことを提案することが目的として掲げられています。この提言の中に「大学職員の資質能力向上」についての記述がありましたので、こちらを職員の目線から読み解いていきたいと思います。


(上記提言から関連部分を抜粋、強調部分は筆者による)

大学職員の資質能力向上

大学においてこれまで以上に高い資質能力の人材育成が求められるなかで、教員のみならず大学職員の資質能力の向上も不可欠である。大学職員は本来、学校運営に係る重要な役割を担うべきであるが、その役割を十分には発揮してこなかった。今後は職員に、本来果たすべき役割を発揮できるような場を与えるとともに、職員の資質能力の向上を図り、教員と協力して大学運営に関わっていくことが期待される。職員は各自の専門性を高めて、教員と分担して業務の効率化、高度化を目指す役割を負っている。
大学業務は、教学マネジメント、広報、学生募集、産学連携や研究支援、国際化、就職やインターンシップの支援、資産運用等、多岐にわたる。これらの業務を担う職員を専門職として位置づけ、本格的に活用すべきであるが、わが国では教員がこれら業務を兼務したり、専門職員がいても任期制や非常勤のため雇用が不安定で、ノウハウが蓄積されない構造になっている。
各大学が職員の専門性の重要度を認識したうえで、その専門性が十分に発揮できるよう、職員に対しても成果に応じた処遇を適用し、各職員の長期的なキャリアパスを考えた配置を行うことで、培ったノウハウが組織内で有効に活用できるようにすべきである。
さらに専門職員については、民間企業のノウハウ、経験が有効に生かされる部分が多いと考えられるため、外部人材を活用しやすい環境を整備していくことが望ましい。

設置形態によって人事制度が大きく異なるため、一概には言えませんが、指摘されているように職員に対しても成果に応じた処遇を適用していくことは、能力開発に対するモチベーションなどに与える影響なども考慮すると、各大学が制度化していくべきものだと思います。ただ、大学職員の専門職化についての議論は色々なところでなされていると思いますが、大学職員を広義の「ホワイトカラー」と定義した場合、能力開発指標を設けていくことが必要になってくると思います。
私個人がひとつのモデルとして捉えたいと思っているのが、厚生労働省所管の中央職業能力開発協会が実施する「ビジネス・キャリア検定」です。こちらは公的資格ですが、会員名簿には産業能率大学東海学園大学、法政大学キャリアデザイン学会、学校法人立教学院立教大学などが名を連ねています。大学職員も広義のホワイトカラーであることは明らかだと思いますが、職業能力評価基準*2などの議論を踏まえつつ、実践的なSDに繋げていく必要があるはずです。


ビジネス・キャリア検定試験の目的
ビジネス・キャリア検定試験は、事務系職種の幅広い分野を対象とした職業能力検定のための試験を実施することによって、我が国の雇用の安定と産業の健全な発展に寄与することを目的としています。
事務系職種の労働者又は労働者になろうとする者の職業能力の評価を、全国統一的かつ適正に実施することを通じて、労働者がその能力にふさわしい職務に就くこと、その能力のさらなる向上に努めること及び労働者になろうとする者がその能力にふさわしい職業に就くことを支援します。また、企業等においては、試験の評価結果を活用することにより、労働者の適正な採用、配置及び処遇の適正化促進に役立てていただけます。

ビジネス・キャリア検定試験の特徴
ビジネス・キャリア検定試験は、技能系職種における技能検定に並び、国が定める職業能力評価基準に準じて、事務系職種の幅広い分野をカバーする、唯一の包括的な職業能力検定試験です。幅広い試験分野とそれに応じた等級を設けていますので、受験する人にとっては、より上位の等級を目指すことにより、職業能力向上の目標設定に役立つほか、人事異動などで担当業務が変わった際に、必要な知識を体系的に把握・理解することが可能になります。また、企業等においては、社員の職務能力を判断する基準として活用することもできます。

「ビジネス・キャリア」という名称
「ビジネス・キャリア」という名称は、中央職業能力開発協会のみが使用できるものです。したがって、ビジネス・キャリア制度、ビジネス・キャリア検定試験という名称も、当協会のみが使用できるものです。
ビジネス・キャリア検定試験は、職業能力開発促進法という法律に基づいて設立された当協会が、責任を持って実施する試験です。

職業能力という点で、ポテンシャルの高い職業の一例を考えると、私にはキャリア官僚がイメージとして浮かんできます。異動が多いこと、担当される仕事の幅も非常に広くかつ高いレベルの仕事が求められているのだろうと推察しますが、実際に働く人の仕事の質は総じて高いものだと思います。もちろん、官僚組織という点で捉えると色々と問題もあるのだとは思いますが、個々のプレイヤーとしての質を考えると優秀な人が多いのではないかと。(そう思いたい部分も多分にありますが)こういった点については、国立大学法人の幹部人事で本省から受け入れる異動官職などの例が参考になると思います。*3 *4今までは大学に正規職員として雇用された場合、大半の方がそのまま定年までお勤めだっただろうと思いますが、異動・出向・転籍などが多いキャリア官僚の働き方は参考にできる部分が多分にあるのではないかと感じています。

また、培ったノウハウを共有していくためには、「共通の言語」が必要になると思います。例えば教学マネジメントに関してでは、大学に関わる法令の理解や各種答申の時系列での論点整理、教学マネジメントに関わる知識に関する諸外国の制度に関するリサーチなどが挙げられます。あとは、個別の部署に留まらない形で仕事ができるような制度設計が必要ではないかと思います。部署横断型のワーキンググループや教職協働プロジェクトなどです。*5
なお、経済同友会の提言では「外部人材の活用」を進めるべきとの記述がありますが、そうなった場合に真っ先にイメージできるのが「国際交流系部署」での英語話者の人材を登用するなどの例です。確かに語学に関してはこれからのグローバル人材育成の必要性を鑑みても重要ですが、その反面、大学という教育機関で働く人材のコンピテンシーのような部分も是非考慮していただきたいと思います。その助けになる論文が以下です。大学での国際交流に長年携わってきた方が書かれている分、非常に重みがあります。


(上記提言から関連部分を抜粋、強調部分は筆者による)

むしろ「誰でもが国際交流担当者」という意識を持つことのほうが、「英語ができることくらいしか、取り柄のない」人を国際交流担当者として雇用し、雇用した側も雇用された側も期待外れに終わるリスクを背負うよりは賢明だと言える。「英語しか取り柄がない」人材が国際交流部門から異動しない前提で雇用された場合、そのような人材には、他部署と手を携えてあたらねばならないような業務を任せられないし、大学の全体を理解していないので、英語の翻訳業務すらも的確に内容を伝えることができないことも多く、国際交流部署内でも限られた業務しか任せられない人材となってしまう。
「国際交流部署でしか使えない人材」ではなく、「国際交流部署でも使える人材」を育成することが重要なのだ。

(中略)

大学のグローバル化を推進するためには、一部の教職員だけが、グローバル化された環境に適応すればいいということではない。大学の全ての教職員が、グローバル化された環境に適応できるようになっていないといけない。

経済同友会は大学に関する提言を定期的に出しています。例えば、2015年4月から学校教育法が改正されて、教授会の審議事項は従前と比較して限定的になりましたが、これは経済同友会が2012年に公表した提言が下敷きになっていると思われます。*6第8期の中央教育審議会大学分科会では、大学教育部会にて「学長補佐体制の強化」に関連して、職員の資質向上(スタッフ・ディベロップメント(SD))、高度専門職の設置等についての審議が行われる予定です。*7個人レベルでは、こういった政策提言を眺めながら、自らのキャリア開発にあたってどのような能力を獲得していくか、「自分のキャリアは自分で作る」という心構えを持つということも大切かも知れません。また、大学業界全体としては、提言内容を真摯に受け止めつつ、具体的にどのような点で改善が必要なのかを実業界とすり合わせていく、必要に応じて大学関係の業界団体を通じてもっと積極的に意見を発信していくことが求められているように思います。

*1:「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の在り方について(審議のまとめ)」の公表について http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/061/gaiyou/1356314.htm

*2:職業能力評価基準とは https://www.hyouka.javada.or.jp/user/outline.html

*3:異動官職について思う(大学職員の書き散らかしBLOG) http://kakichirashi.hatenadiary.jp/entry/2013/10/05/202113

*4:文部科学省出身の国立大学法人幹部に思う〜異動官職の是非〜(大学職員の書き散らかしBLOG) http://kakichirashi.hatenadiary.jp/entry/2014/09/03/222455

*5:上智大学の「教職協働・職員協働イノベーション研究」から今後のSDの方向性を探る http://d.hatena.ne.jp/high190/20141224

*6:経済同友会による私立大学のガバナンス強化を促す提言 http://d.hatena.ne.jp/high190/20120528

*7:大学教育部会(第34回)配付資料「第8期大学分科会の審議事項について」 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/015/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2015/04/24/1357380_05.pdf

東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コース設立10周年記念シンポジウム「大学経営・政策人材と大学院教育」に参加してきました

high190です。
3月28日(土)に開催された標記のシンポジウムに参加してきました。東大の大学経営・政策コースといえば大学職員なら一度は聞いたことがある大学院ではないかと思います。過去にこのブログでも取り上げさせてもらいましたし、*1知人に修了生がいるので参加するのが楽しみなイベントでした。今回も内容について、簡単に所感をまとめてみましたが、理解違いなどがある可能性がありますので、悪しからずご了承下さい。


開会の辞 山本清氏(東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コース教授)

  • コース開設10年目。元々は修了生とコースが共催する大学経営・政策フォーラムを開催する運びになった。
  • 開催に当たって申し上げたいのは、本コースはビジネススクールでもなくポリシースクールでもないこと。学術的なことを研究しながら実践的なことを学ぶのが特色である。その中で専門職的なことをいかに両立していくかが今後の発展に資する点ではないかと考えている。

研究科長挨拶 南風原朝和氏(東京大学大学院教育学研究科教授・研究科長)

  • 修了生が高等教育の様々な場で活躍していることを嬉しく思う。
  • 修了生の論文を読むと様々な分野での論文が書かれているが、大学運営に必要かつ重要なものばかりである。自分自身も研究科長として運営に携わる中で、ほとんど多くの大学で経営・運営の知識を持たずに素人として運営に関わってしまっていることの危うさを感じることがある。自分自身も4月から東大副学長に就任するので、科目等履修生として学んでみようかと思っているところ。

祝辞 合田隆史氏(尚絅学院大学長・元文部科学省生涯学習政策局長)

  • コースの10周年記念を心よりお祝いを申し上げたい。
  • 本コースは大学経営の専門人材育成を目的として設立されたが、目的は専門人材の育成にある。専門人材の養成は本コースがスタートする10年ぐらい前から、日本でも認識されてきた。
  • その当時に比べると状況は様変わりしている。当時は大学の中で経営や専門人材という位置づけはマージナル・本筋ではないような感じがしたが、今では様相は一変している。学長を務める尚絅学院大学は学生数2000人、教職員100人の小さな大学だが、そういう現場から眺めると本コースで学んでいる人々はアドミニストレーション人材として育ち、そういった人材を多数輩出してきた実績に敬意を評したいと思う。
  • 以前は本コースの非常勤講師として教鞭を取らせてもらったが、現場から見ると国の政策の意味合いがだいぶ変わってきているように思う。大学が国に守られるということは期待しようがない。大学が自立して現場からの政策提言・提案をしていかなければならない。そういうことができる時代になってきている。そのためには現場に理論的・歴史的・国際的な知識をもち、構想力を持っている人材が現場から提案し、行動していく、個々の大学だけではなく、高等教育全体の発展に資することを目的として行動していくことがますます重要になってくる。
  • よって、本コースに対する期待・責任は大きいものがあり、専門人材の育成のみならず、学内外の英知を結集して日本の高等教育に関する議論をリードしていっていただきたいと思っている。以上の期待を込めてお祝いの言葉に替えさせていただきたい。

開会の挨拶から既に豪華な顔ぶれで驚きました。それぞれの方のご挨拶にも含蓄がありましたが、実際に大学経営に携わる重責を担う人の言葉には重みがある、と感じたところです。
また、地域創生の議論が昨今、広く世論でも取り上げられているので、地方での大学改革という点で合田学長のコメントには感じ入るところが多くありました。これは私が仙台出身ということもあるかも知れませんが。

記念講演「政策のエビデンスとは何か−平等・効率・世論」 矢野眞和氏(桜美林大学大学院大学アドミニストレーション研究科教授)

  • 大学進学の機会を平等にすることが大事なのか、大学教育の効率性を高めるかが大事なのか、まずどちらを重視するのかを各自で考えてもらいたい。
    • 大学教育、学習過程の向上を目的に様々な努力が行われているが、精神論、制度論、資源論に関する3つのアプローチがある。この3つがバランスよく検証されていることが重要である。この枠組みから現実を見ていくと、現実的には法制度中心の改革であり、まず「大学はどうあるべきか?」という理念を議論し、その上で法制度を改革すればよいというアプローチがあると思う。しかし、資源配分、資源の変更を行うことこそが政策であると考えている。政策とは基本的に資源論である。改革というものは法制度を変更することである。法制度を変更するのか、インプットを変更するのか、どちらを重視するかが重要。
  • 政策基準の検証:平等生と効率性
    • 効率の測定法:教育の便益に関する測定
      • 収益率で検討すると、便益で測定すると、高い効率性を持っているものが教育という営みであることをまず知っておく必要がある。
    • 平等と効率の測定結果とその政策的含意
      • 教育機会の平等性、進学機会の不平等、不平等の是正は効率的。日本の大学は育英主義「高い学力を有する者が進む場所」という認識が強い。しかし、進学するにあたっての便益はそういったことではない。そういう構造になっている。
    • 教育年数が1年増加すると所得は何%増えるか
      • 中学校の学業成績別の収益率を測定すると、教育年数が1年増加することで収益率は成績レベル別に大差がない。学力によって労働市場の処遇は変わる。しかし、学力上位・中位・下位毎に進学することによる収益率の増加に着目すべき。(例示した中学校時点の学力によって縦軸で見るのではなく)
    • 大学への投資が、経済を変える、社会を変える
      • 勉強すれば誰でも報われる、という経済構造が存在する。自分のために教育投資することは、政府にとっても税収増などの便益がある。自らの収入増は政府を豊かにし、社会を豊かにするという事実がある。Goldin&Katzの書籍。教育に対する経済投資ということが社会の発展に資するということに繋がる。
    • 世論の支持
      • 実施した世論調査「大学の教育費は社会が負担すべきか、個人もしくは家族が負担すべきか」(一般成人調査)調査の結果によると、大学教育費は個人もしくは家族が負担すべきという回答が8割である。平等派は社会階層に関係なく、少数派なのである。これは政策的な効率性から考えると誤りである。
    • 世論の正体
      • 少数の平等派(しかも社会階層に関係なく)<謝った多数の効率派。貯蓄率の変遷を見ると子どもが小中高の間に貯蓄率を高め、大学教育でその貯蓄を用いて大学進学をさせているという事実がある。よって、教育費の家計負担の高さこそが現状の進学率を支えている。つまり全入のおかげで大学進学率は上がったが、これ以上は所得率自体が改善しなければ改善しない。
    • では一体、世論とは何か?
      • Path-dependency(経路依存)*2の世論形成:世論が政策をつくるのではなく、政策が世論をつくる
        • 過去に拘束された世論
        • 保守的な世論
        • 利己主義的世論
      • 作られてきた政策によって世論が形成されている。貧しければ国立大学に行けば良い、そうでなければ無理して大学に行く必要は無いと思っている。つまり育英主義的な意識が大学教育の費用負担に関する世論を作っているのでは。
      • ベネッセが実施した「学校教育に対する保護者の意識調査」では、国立大学の授業料は税負担、私立大学の授業料は家計負担と考えている結果が出ている。この調査の結果を踏まえて、経路依存によって意識化されているのではないか?という感覚を抱いている。教育に対する世論と他の社会保障に関する世論を比較すると、世論の形成過程を見ると教育に関する世論の形成はかなり特殊だと言える。
    • 結論:未来の世論をつくる「政策」と「経営」 
      • 大学教育の二つの目的(教育・学習の質と効率の向上、学ぶ学生の機会向上)と達成の可能性。いま日本で大事なことは、25歳で高卒で働いている人々がいかにして自らの費用で大学にて学ぶ機会を得るかを考えることが非常に重要である。そういった人々を大学に迎え入れることが大きなポイントである。様々なアクターが参画することで大学は活性化する。改革(法制度の改革)、精神論で大学教育は向上するのだろうか?
      • 教育・学習の質と効率の向上は、各大学が考える問題でこれは「経営」である。これは各大学が行うべき努力である。現場から問題の提案・提言が出てこないと。経営にも3つの要素がある。建学の精神、資源配分、制度の構築。
      • しかし、社会人を大学に迎え入れるとしたら少額の奨学金や簡便な入試制度などは現場の大学の質を向上させることには繋がらない。ただ、「学ぶ学生の機会向上」は「政策=税金の投入」によって解決できる課題である。通信教育に通う学部学生は25万人存在し、その半分は大卒で4分の1が短大・専門卒、さらに4分の1が高卒である。この部分で高等教育の機会向上は重要になってくる。
      • 経営と政策に関する考え方を変えなければいけない。Path-dependencyを変えていくためには、よりよい世論・政策を作っていくことなのである。そのためにも大学経営・政策コースの使命は、日本の世論を形成していく経営・政策人材の養成にある。
  • 質疑応答
    • 1年教育年数が増えると収益率が増加するということは何を意味するのか?
      • 教育年数は対数を取っているので7.3%である。これが本人の能力なのか、教育機会の影響を受けるかには議論がある。仮説としては「学び習慣」仮説を提唱したい。大学時代の学びが卒業後の学びに接続し、そのことが所得の高低に繋がっていると考えている。学校教育に意味が無いということには繋がらない。「学び習慣」は非常に重要なので皆さんにもその点を重視してほしい。
    • 教育年数が1年増えるとのことだが、大学院教育についてはどうか?
      • 大学院卒までのデータだと、大学院卒は大卒に含まれてしまっているので、実証できない事実がある。むしろ、大学院教育の基本的な統計データが存在していないことが問題ではないかと。就業構造基本調査を見ると大学院卒の教育効果は高い、教育効果はあると思っているが、信頼性のあるデータが取れていない。

矢野先生のお話を伺ったのは初めてでしたが、ユーモアを交えながらのお話で大変楽しく聞かせていただきました。ちょうど先日、教育再生実行会議の第3分科会第5回会議で「教育投資の効果や教育財源の在り方について、財政学・経済学の観点から意見発表」*3があり、ちょうど阪大の大竹先生の資料の中に似たようなご指摘があったので、*4個人的には頭の中が色々と整理されてよかったです。また、Path-Dependenceという言葉を恥ずかしながら初めてインプットしました。個人的な所感として、類似する研究としては、東京大学大学院教育学研究科比較教育社会学コースの橋本鉱市教授*5が、高等教育の政策過程についての研究をされていますので、そちらもあわせて参照するとより理解が深まるのではないかと感じました。*6 *7 *8 *9
ちなみに矢野先生がおっしゃっていたGoldin&Katzの文献を調べてみましたが、以下の書籍のようです。こちらも関心があれば是非。個人的にはサミュエル・ボウルズとハーバート・ギンタスの共著「アメリカ資本主義と学校教育」も参考になるのではないかと思います。*10(私自身、こちらの書籍を読もう読もうと思ってまだ読み切れてないので説得力がないですが)

The Race between Education and Technology

The Race between Education and Technology

アメリカ資本主義と学校教育 1―教育改革と経済制度の矛盾 (岩波モダンクラシックス)

アメリカ資本主義と学校教育 1―教育改革と経済制度の矛盾 (岩波モダンクラシックス)

修了生調査報告「大学経営・政策コースの10年:修了生の調査報告」中田学氏(2008年度 修士課程修了生)

  • 修了生に対してアンケート調査を実施。回答率は7割強。主として修士課程が中心の結果である。修士課程なので修士論文を書くことは当たり前なのだが、実務家養成と修士論文を合致させていることが大きなポイントである。
  • カリキュラム
    • 集中講義として海外・国内の大学を訪問調査する集中講義に特色がある。入学目的の調査を分析すると、大学経営・政策を学ぶことの意識の高さが現れているが、現在の職場でのキャリアアップ等に関しては意識がそこまで高くない。
  • 調査結果から見えてくるイシュー
    • コースワークの満足度・有用度
      • 値が高い分類
        • 大学の歴史に関するもの
        • 高等教育の制度・政策に関するもの
        • 大学の組織・ガバナンスに関するもの
      • 値が低い分類
        • 大学の財務・会計に関するもの
        • 統計に関するもの(こちらは職場での有用度が高い)
        • その他各論に関するもの
  • 大学の歴史に関する授業は、満足度と有用度の評価にねじれが存在する。その理由は?
    • 現代の課題を歴史の文脈に置けることは満足度が高い。
    • 職場での満足度は、回答者が「職場」をどのように捉えているかに依存するため。
  • 今後の課題
  • 教育のアウトカム評価には時間がかかるため、職場等での有用度が変わってくる可能性がある。
    • 修了生の多くは修士論文を重視しているが、専門職大学院への転換は望んでいない。ただ、修士論文の執筆は直接的には職場での有用度が低い。
    • ただし、「論文執筆」から得られる、文献の調査、資料・史料の検討、(質的・量的)社会調査、統計分析は、今後の業務に幅広く応用できる。自ら問いを立てて、答えを明らかにするプロセスが重要。
  • まとめ(大学経営・政策人材と大学院教育)
    • 実践的な知識やスキルだけではなく、基礎教養を重視
    • 修士論文を非常に重視

修了生に対する調査を取りまとめて分析された報告でした。実際に当コースを修了した人たちが、職場に戻ってからどのように大学院での学びを捉え、評価しているかを知るためには有用な調査報告だったかと思います。個人的には、論文を書くことを重視していること、科目としては統計に関する科目の満足度は低いものの、業務での有用度は高いということ、大学の歴史に関する科目の満足度は高いものの、実際の業務での有用度とは相関していないことなどが興味深かったです。

シンポジウム「各大学における大学経営・政策人材の育成−現状と課題−」
パネリスト
吉武博通氏(筑波大学大学院ビジネス科学研究科教授・大学研究センター長)

  • 他大学を訪問すると「大学改革は結構進んでいるじゃないか」と感じることが多い。いい芽が出てきていると思う。大学の中には元々いいものがある。文科省の政策的支援もあるが、いいものは出てきている。ただ、任期付なので、金の切れ目が縁の切れ目になっており、使命感と疲弊感を抱えながらやっているのが実情ではないか。
  • そのためにもマネジメントが重要。私は実業界から大学に移ってきたが、その中でマネジメントという言葉を使うのは当初は憚られたが、現在では真っ当に議論ができるようになってきた。筑波大学では大学マネジメントの履修証明プログラムを運用している。セミナーということで遠隔地にも配信を行うことを始めている。1回あたり100名以上が受講している。これは東京にある大学としての使命ではないかと思っている。Certificateプログラムにも可能性があると思う。参加者の内訳を見ると、毎年職員を送っている大学もあるが、個人として学びたいという人も多いが、大学での人的資源戦略としても重要であるので、その点を加味して検討を行っていくべき。
  • 日本の大学では人材育成のシステムを内部に持たない例が多いので、そういった点でも履修証明プログラムなどが活かせるのではないか。グローバルマネジメントフォーラムの主催。日本は課長クラスのマネジャーまでは育てられるが、シニアマネジャー以上が育てられていないのではないか。優秀な人間を選んで選抜していく人材戦略を採用できるか否かがポイントである。
  • 日本の大学に欠けている経営資源は「時間」である。教育学・政策学だけではなく、経営学の視点も持っていただきたい。

山本眞一氏(桜美林大学大学院大学アドミニストレーション研究科教授)

  • 前史を話しておきたい。2001年に日経新聞の教育欄に掲載された記事。科研費を得て大学経営人材についての研究を始めた。大学経営人材が市民権を得たのは2000年から2001年頃である。2000年に筑波大学で「大学経営人材の養成をめざして」という公開セミナーを開いた。
  • 2001年に桜美林大学に大学アドミニストレーション専攻が発足し、後に研究科に改組された。通学課程と通信課程を有する。通学課程では、現在は実務家コースと研究コースに分けている。修了者数は2014年度末で通学課程121人、通信課程は301人である。現職の大学職員、大学の役員・教員、大学以外の学校の教職員などがいる。
  • 現実の大学は様々な人材の協働によって動いている。役員、部局長等、一般教員、管理職・専門職、支援系職員など教員でも部局長等の管理的役割を果たしている者が多くいる。支援系職員が良質な事務サービスを提供できない大学は傾いていく。
  • 職員論の再整理を
    • 学校教育法の改正で学長の権限強化。外国大学の現実、国内大学の現実、職員論の認識、職員論の目標。この4点を接近させて教職協働の実現に。
  • 大学職員の目指すべき方向は?
    • 立場と能力を縦軸・横軸に取る。伝統的職員、うるさい職員、便利な職員(使い倒される職員)、出来る職員(大学経営人材)
    • 大学は知識社会の中で重要な役割、大学を支える経営人材の役割の再認識を

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・高度専門職業人養成コースの現状と課題」夏目達也氏(名古屋大学高等教育研究センター教授)

    • コースの目的・目標
      • 高度な理論的、実践的専門教育の機会を提供(高等教育マネジメント分野)
      • 高等教育マネジメントという科目で、フィールド調査を実施している。これは東大の大学経営・政策コースと同様の取り組みである。入学者の大半は大学職員だが、修了後は同一大学で勤務し、職員として転職、教員に転身などされる人もいる。進路は様々。
      • 高度専門職業人養成コースの課題としては、進学希望を持つ者はいるが、上司の理解の欠如や職場の周囲に気兼ねして進学を断念するというケースがある。大学院としての支援として、コースの魅力を広報することと、進学しやすいカリキュラムの編成。
      • 学習成果の活用として、習得能力に対応した職務の配置、昇進・昇給があるが、本人の意識・努力の問題以上に、組織の人事管理の問題が大きい。(大学院で学んだ内容を使い切れていない)大学院としていかに対処すべきか。
      • 後期課程への接続。Ph.D以外にもEd.Dも置いているのだが、進学に繋がるケースが残念ながら極めて少ない。院生のコミュニティ。院生館のネットワークづくりが必要で、励まし合える環境を作ることは非常に重要である。幹事の存在・役割が変質してきているように感じ、幹事を務められる人物は他大学にリクルーティングされる例が多い。
    • 大学院を活性化していくには多くの課題がある。社会人の学習環境・条件への配慮、院生のプロフィル、ニーズの多様化への対応、研究科としての目的・目標・諸条件の調整

広島大学・高等教育研究開発センターにおける大学院教育」島一則氏(広島大学高等教育研究開発センター准教授)

  • 自己点検・評価報告書のデータを活用した報告。
    • 2000年度に教育学研究科に高等教育開発専攻、後期課程に教育人間科学専攻(高等教育分野)を発足させた。基礎論・演習を基盤としたコースワークと多様な学術的背景を有する教員による特別講義を提供している。後期課程は論文指導が中心。
    • 専門的知識・技能に関する評価は概して高い。汎用的能力の向上については評価が分かれている。キャリアの多様化(多様な研究者・実務家養成)→汎用的能力への注目→専門的知識・技能と汎用的能力について考察。
  • 専門的知識・技能と汎用的能力についての考察
    • そもそも汎用的能力は研究者・実務家の両方に共通して必要。専門的知識・技能には「研究専門」「共通専門」「実務専門」の知識が存在し、実務家養成フェイズとして2つを整理することが必要なのではないか。共通専門の強化、研究専門と汎用的能力のリンク強化、実務専門の共通専門化・学問化(URA養成etc)
      • 共通専門の拡大・充実:学問や研究者養成という観点に置いて問題を生じさせないか
      • 研究専門的知識・技能の強化を通じた汎用的能力の開発
      • 実務専門的知識・技能の共通専門家・学問課:実務的観点から有用といえるか
  • 東大・修了生の調査結果のへのコメント&追加的イシューとして
    • 大学経営・政策人材の定義は?
    • 議論が実務家養成に無意識的に偏っていないか?
    • 実務家に対しての教育が重視されているが、研究者養成と実務家養成が両輪で大事にすべきではないか。
    • 有用度を考える際に、何がどのように有用となるのかといった「メカニズム」への注目も必要ではないか。

江川雅子氏(東京大学理事)

  • 自分自身は大学本部で経営に携わっている。大学経営・政策コースの課題は、大学経営が抱えている課題と重複する点があると感じる。
  • コースでの人材養成像・職員のエンパワーメント
    • 研究者と実務家の両輪に関して、職員の位置づけから考えてみたい。海外の大学の例がProvostが紹介されていたが、ハーバードで経験したことも含め、大学内には教員の管理者と職員の管理者の2重構造が存在している。日本の国立大学は教員負担の部分が大きく、職員の権限が非常に少ないということだと思う。職員が担当する部分(エンパワーメント)を強化しないと、教員の研究時間の減少にも繋がるため、人事制度の改革なども必要ではないかと感じる。例えば国際センターでは教員が留学生の受け入れなどをやっているが、海外の大学ではそういったことは職員が担っている。その点で人事制度と職員の人材像は不可分である。
  • コースワークの取り組み・方向性
    • 修士論文を重視しているとの報告だったが、さらにコースワークを重視した方が望ましいのではないかと感じる。例えば教育学・政策学的なアプローチのみではなく、ビジネススクールで教える基本的なメニューから考えると、独立した組織体を動かしていくために必要な知識ではないかと思う。ビジネススクール修了者がNPO・国際機関で活躍している事実を踏まえると、そういったアプローチも有効ではないかと思う。学部毎に分散している業務を統合した場合のケース、学生確保に関するマーケティング的なアプローチなど、経営学の領域は大学経営にも役立つ。
  • 大学経営と執行部との関係性
    • 大学経営・政策コースでの研究内容を、大学の実際の経営に取り入れていくことが重要だと思う。理想的にはフィードバックをしていくということ。大学の本部でやっている仕事と当該コースでの研究内容とのリンクは残念ながら無い。そういった点に関し、本コースに所属する研究者の知見を活かしていくことも大切ではないかと思う。理想論ではあるが、こういったコースが存在している以上、大学執行部にインプットできる機会などを設けていくことが必要なのではないか。

こちらも豪華すぎるパネリストの皆様だったので、コメントするのは何とも難しいのですが、個人的に興味を引かれたのは筑波の吉武先生と東大の江川理事が経営学のメソッドを大学経営・政策コースの中にもっと取り入れてもよいのではないか?と指摘されている点です。確かに経営をテーマにする訳ですから、経営学的なメソッドをどのように取り入れていくかという点は、大学職員の高度専門職化にも関わる重要な論点ではないかと思います。この点については、筑波大学大学研究センターの佐野享子准教授*11が2007年に書いている論文が参考にできるのではないかと思います。*12
名古屋大学の夏目先生からは、修了生のネットワーク形成にかかわる幹事の役割が重要であるとの指摘がありました。確かに私が知っている大学職員でも職員間のネットワークを駆使して、かつ交流の場を提供しているすごい人を何人か知っていますが、そういう人を繋げられる方がリクルーティングされていくというところには妙な納得感を感じたものです。桜美林大学の山本先生からは大学経営人材の前史からのお話を伺い、現在の潮流が生まれるまでの経緯を知ることができました。広島大学の島先生のお話からは専門職養成と研究者養成のバランスが肝要であることの指摘があり、バランスの取れたカリキュラムとメカニズムに関する意見が出たのも興味深く拝聴しました。どのパネリストからのコメントも示唆に富み、今後の大学職員にとって考えなければならない示唆のある意見ばかりだったかと思います。
さて、最終的な私なりのまとめですが、東大の大学経営・政策コースが果たしてきた役割の重さを実感すると同時に、現状の取り組みだけではなく、さらに発展した形での大学院教育が求められてきているのではないかと感じました。矢野先生から学び続けることの重要性に関する指摘がありましたが、2012年の質的転換答申*13でも、生涯学び続けることの重要性が謳われています。このように大学院が全て、ということではなく、Rcusのように優れた履修証明プログラムなどもありますので、段階的に学び続けていけるプログラムへのアクセスを広くすることが大切なのではないかと感じました。「大学経営・政策人材」の育成のために、これからも東大の大学経営・政策コースが果たす役割は大きいと思いますが、本シンポジウムでの指摘を踏まえて、さらなるカリキュラム改革など、他の大学を引っ張っていけるような先導的改革に期待したいところです。

*1:東大大学院大学経営・政策コースのWebサイトには有益な情報が一杯 http://d.hatena.ne.jp/high190/20100202

*2:経路依存性(Path dependence)―過去の歴史が将来を決める https://healthpolicyhealthecon.wordpress.com/2014/09/07/path-dependence/

*3:https://twitter.com/Naikakukanbo/status/580603540550393856

*4:「教育の経済効果と貧困対策」 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/bunka/dai3/dai5/siryou3.pdf

*5:橋本鉱市 http://researchmap.jp/read0063268

*6:高等教育懇談会による「昭和50年代前期計画」の審議過程 : 抑制政策のロジック・アクター・構造 http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/handle/2261/51334

*7:戦後日本の高等教育関連議員と政策課題−国会における発言量と内容分析− http://www.cshe.nagoya-u.ac.jp/publications/journal/no13/24.pdf

*8:高等教育をめぐる政策形成の変容と課題 http://ci.nii.ac.jp/naid/110006479787

*9:高等教育の政策過程分析−その理論的前提と方法論的枠組− http://www.sed.tohoku.ac.jp/library/nenpo/contents/53-2/53-2-04.pdf

*10:親の行動と子どもの成績の関連性って教育学的にはどう説明できるんだろう http://d.hatena.ne.jp/high190/20090528

*11:http://www.rcus.tsukuba.ac.jp/center/staff/staff_sano.html

*12:経営学分野を中心とした大学院における大学経営人材育成の可能性−筑波大学経営システム科学専攻の事例を手がかりとして− http://www.rcus.tsukuba.ac.jp/information/RcusWorkingP01.pdf

*13:新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ〜(答申) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1325047.htm

大学コンソーシアム京都主催の第20回FDフォーラムに参加しました(1日目)

high190です。
平成27年2月28日〜3月1日の2日間で同志社大学にて開催されたフォーラムに参加してきました。
このフォーラムは全国で開催されるFD関係イベントでも最大級のもので、私も2回目の参加になります。今回もhigh190が参加したセッションについて、所感をまとめてみました。分量が多いので1日目のプログラムに関して先にまとめます。理解違いなどがある可能性がありますので、悪しからずご了承下さい。


シンポジウム「学修支援を問う〜何のために、何をどこまでやるべきか〜」

  • コーディネーター
  • シンポジスト
    • 日向野幹也氏(立教大学経営学部教授・リーダーシップ研究所所長)
    • 溝上慎一氏(京都大学高等教育研究開発推進センター大学院教育学研究科教授)
    • 浜島幸司氏(同志社大学学習支援・教育開発センター准教授)
    • 岡部晋典氏(同志社大学学習支援・教育開発センター助教
  • 村上先生による導入説明
    • 大学においても様々な学修支援(アクティブラーニング、PBL、ラーニング・コモンズ)が行われるようになっている。
    • 2012年の中教審答申では、生涯学び続けることを求められる。十分な総学習時間の確保。授業外学習+主体的な学び。主体性を引き出しながら学修時間を増やす取り組み。
      • しかし、やりだしたらきりがない。どこまでやるべきか?(主体的な学びをどのように支援していくか?参加大学の個別の状況に応じて異なる)
        • 正課内の学習支援(日向野先生)
        • 学習支援を高等教育の観点から捉える(溝上先生)
        • ラーニングコモンズから学習支援を捉える(浜島先生)
        • 図書館情報学の観点から学習支援を捉える(岡部先生)
    • 世の中で「アクティブラーニング」という言葉はたくさん使われているが、実際にやってみよう。
  • 日向野教授による発表
    • 教育学の専門学ではなく、トライアンドエラーで対応していたらそのままアクティブラーニングになっていた。
      • 以前は東京都立大に在籍していたが、金融論を担当する研究者だった。その後、立教大に移るが、金融論に加えてリーダーシッププログラムも担当する事になった。(気軽な気持ちで引き受けてしまった)その際、立教大でも就職活動の変化に対応にするように、授業やゼミでプレゼンやグループワークなどを重視する教育を行ってきた。リーダーシップを全学部必修化するところまで繋がった。(当時からするとかなり変わった取り組み、学内でもなかなか理解が得られなかった)
      • 2008年に教育GPに採択。財源面で一定の目処がついたので、事務局・補助教員・SAトレーニング開始
      • 2011年頃からリーダーシップ教育に風が吹き始めた。
        • 職員からの要望で教員が職員のリーダーシップ開発。
        • ビジネス・リーダーシップ・プログラム(BLP)=スパイラルラーニングを学習モデルとして採用*1
        • リーダーシップ+専門知識を身に着けることが大切。「不満を苦情として伝えるのは消費者。不満を提案に変えて持っていくのがリーダーシップ」
        • リーダーシッププログラムでの「学生ポートフォリオ」活用
    • 松岡洋祐さんの発表(株式会社イノベスト代表*2・BLPプログラム1期生)
      • アクティブラーニング・リーダーシッププログラムは大学内だけで完結するものではない。企業内の人材育成にも活用できる。
      • リーダーシッププログラムの運営は、教員+職員+SA+企業コーディネーターなどが相互連携して実施している。
      • 学生の教育の質を高めるために教育目標を明確にする事。
    • 八田有里さん(立教大学経営学部2年次生・BLPのSA)
      • SAによるピアラーニングが特長。SAが後輩学生のロールモデルとなった。無知の知に気づく(学びの楽しさを知る)
      • 自分がお世話になったSAのようなSAになりたい。熱の循環(教員が「熱く」それがSAに伝わり、SAの「熱さ」が新入生に伝わっていく)
  • 浜島先生、岡部先生による良心館ラーニング・コモンズの紹介
    • 細かいエリア分け。ワークショップルーム、グローバルエリア、グループスタディルーム、プリントステーション、マルチメディアラウンジ(デザイン工房)、アカデミックサポートエリア(教員が常駐)
      • コンセプト:知的欲望開発空間(2013年4月に開設)
      • 図書館とは別校舎に設置し、教室等の中心部においていることが特徴。
      • 学習支援・教育開発センターは他部門とも有機的に連携して業務を進めている。(ITサポートオフィス、国際センター、図書館、業務委託)
      • 柔軟性、快適性、感覚刺激性(他者の学修行動が「情報」になる空間)
    • 実際のデータ
      • ICカード管理なので、そのデータを活用している。最も利用しているのは1回生。3回生・4回生の部分でも学修行動の変化が分かる。
    • 人的支援体制
      • 「アカデミック・インストラクター」学習支援を主たる業務とし、シフト制で回している。
      • チームティーチングで取り組んでいる ラーニング・アシスタント(大学院生)、情報検索アシスタント(図書館職員)
      • 高利用度の学生に対してインタビュー調査を行う。具体的に何が役立つのかを重視しなければならない。学習相談は概ね好意的に評価されている。
      • 質的調査以外に量的調査も行っているので、その結果もどこかで報告したい。
    • 今後「何をどこまでやるべきか」
      • 学習支援の範囲
      • 学習相談者の認識(教える、ではなくアドバイス、助言)
      • 学習相談環境の構築と維持(ラーニングセンターとしてのラーニング・コモンズ、サステナビリティの維持)
      • 学習支援のターゲット(アカデミックスキルを習得すべき学年は?大学での学習が可能となるスキル(汎用的と専門的)の獲得とは?)
      • 全学的学習支援の射程(それぞれの守備範囲を理解。あらゆる専門領域をカバーするのは不可能。学習支援スタッフは教員の授業展開のサポート役に)
    • まとめ:学習支援の場とは?
      • サポートに頼らなくてもよくなるためのサポート
      • ラーニングコモンズは万能ではない(できること・できないことの理解は大切)
      • 多くの教職員の協力無くしてラーニング・コモンズ及び学習支援は成立しない
  • 溝上教授による発表
    • 「学修」とは単位制(学習時間)に基づく与えられた枠(正課教育)内の学習のことである
      • アクティブラーニング=主体的学びではない
      • 主体的な学びとは、決してアクティブなだけではない。質的転換答申が入れたかった事。
    • 質的転換答申における「学修」の意義
      • 授業外学習をさせようと思うなら、学生の自主性だけではなく、教員側に責任主体を置くこと。(土持)
      • 質的転換答申の金沢工業大学国際教養大学に関する事例紹介
    • 大学設置基準での用字・用語としての「学習」
      • 設置基準でも授業外学習に関しては「学習」の言葉を充てている。
      • 質的転換答申では「生涯学習」「高校生の学習」と2カ所でてくる。「学修」の枠を超える「学習」
      • 「学修」と「支援」のカップリングには疑問を感じる。「教授」「指導」「ファシリテーション」「介入」「育成」などとすべき。
        • 何のために:ディプロマポリシーに即して学習成果を上げるために
        • 何を:カリキュラム、プログラムを見る
        • どこまで:単位制で学修時間が設定されている。少なすぎるのは問題だが、大幅に超過するのも問題である。
    • 「学習支援」と捉え直して、枠を超える学習を再度捉える必要があるのではないか。
      • 学習環境:授業外学習と自主学習
      • 学習の大枠に学修(正課教育)、プロアクティブラーニング、学習支援
      • アクティブラーニングに対応するのはパッシブラーニングである。これはアメリカでもそのように定義されている
    • 「与えられる枠を超える関与」という学習態度
      • トランジション課題の解決のために−学校から仕事・社会へのトランジション(移行)
      • 職業人養成だけに特化することは危険。よき市民、家庭人、社会人などの育成に関する問題もある。
      • アクティブラーニングを持ち出さなくても、単位制度の枠の中で超えていく態度。例示すると教員からの指示を充足すればそれでいいと思う学生と、自分の納得するところまで到達しようと試行錯誤する学生との違い。枠は枠としてミニマルリクワイアメントとして捉える。
    • トランジションの文脈で求められる主体的な学習態度
      • アウトサイドインとしての(主体的な)学修態度:個人→与えられる枠組み
      • インサイドアウトしてゆく(主体的な)学習態度:個人(プロアクティブラーニング)→与えられる枠組みを超えていく
    • トランジションの文脈で求められる授業外学習
      • 授業外学修を出発点としながらも、インサイドアウト的な授業外学習とする(プロアクティブラーニング)
        • 自身の理解を確認する
        • 既有知識や経験と繋げる(deep approach to learning)
        • 授業で出てきた分からない言葉や知識で調べる
        • 参考文献を読む
  • パネルディスカッション(日向野教授、溝上教授、浜島准教授、岡島助教、村上准教授(コーディネーター))
    • フロアからの質問事項に対するコメント
      • 日向野先生
        • フリーライドする学生に対する対処は?
          • 社会に出た場合、全員の手を借りないといけない場合、巻き込めない人も悪い。リーダーシップに対する持論を書かせ、数ヶ月での変化を見ている。巻き込めないことを変えていけるようにする
      • グループワークについていけない学生(内向的)
          • 内向的な学生は自己に中立的な人が多い。むしろそういう人にこそリーダシップが必要であると教える。
        • SAの育成に関するリソースは?
          • 夏ぐらいから選抜を兼ねたSAの訓練を行っている。PBLで企業からの課題に対処していくが、学生に考えさせる質問ができるSAを育てていく。質問力は訓練する必要がある。
          • 答えを教えるのではなく、答えを出す補助役としてのSAの役割。どの学生がフリーライドしているか?ということは教員よりもSAの方が理解している(ボディランゲージを含めて)「先輩」としてのロールモデルとしての効果。費用としては90分分の対価は支払っているが、それ以上の満足度がある。
      • 岡島先生
        • 図書館とラーニングコモンズの関係性、同志社は切り離しているがどうか。
          • 物理的に図書館にラーニングコモンズを作れなかった用地的な制約が大きい。最近の関西圏での理解は、必ずしも図書館内に作らなくてもいいという認識が広がっている
          • 図書館の外にあることで「しゃべっても良い」という意識に繋がっている。「賑やかな学修習慣」図書館の内にある場合には「ゾーニング」「遮音性」などの面で配慮しなければならない。
      • 図書が無くて困ることは無いか?
        • 今まで特に困ったことはない。図書館から歩いて至近にあるので、そこまで困ることは無い。また電子ジャーナル等のリソースを活用したり、図書館とラーニングコモンズが相互に利用促進を行うような対応をしている。(役割分担が明確)
      • 溝上先生
        • プロアクティブラーニングを教員がどこまで把握すべきなのか?
          • 修める学修と習う学習。大学側が責任を持つべきなのは「修める」方である。
          • プロアクティブというものは成績などを超えた部分であるので、評価の対象にはならない。
          • 学生が教員の与えた枠の中でしかやっていないのか、枠を超えているかのチェックはしてもいい。(評価ではないことに注意) 講義を前提としながらもアクティブラーニングに繋げるツールとして「ワークシート」というものを配付している。3〜4枚の資料。
          • アクティブラーニング型の授業を進めれば進めるほど、どうしても色々とステップが細かくなる。そうした中で知識をしっかり習得させ、教科書がしっかり整備されていることがまず重要。宿題・課題を課している中で、その達成状況を回答させることでチェックすることはできる。評価というのは、教員が学習目標を立てて行為主体者・学習者側に目線をあわせることでアクティブになる。
        • 枠を超えたアクティブラーニングをどう評価したら良いか?
          • 評価しないことが重要では。与えられたことだけこなす京大生は好きじゃない。超えて欲しいという願いは是非伝えていきたい。
    • アクティブラーニングによって学力差がさらに拡大するのではないか?(村上先生)
      • 日向野先生
        • 言葉数少なくても30分自己の存在が認められれば、学生間での差が出るということはない。
        • 立教大学でもリーダーシップ教育に関心があるのは理学部である。まず全学対象科目を受講できるように。
    • 同志社のラーニングコモンズでも学生が来ないことはないか?
      • 浜島先生、岡本先生
        • 使っている学生かそうでない学生かという部分は検証中。グループワークに行くまでに結構な障壁を感じているよう。まずは来てもらえるように積極的に情報発信している。これからさらにニーズが出てくれば、どこで戸惑っているかの分析が出来るようになる。教員によっては、授業での学生に対する課題や伸びが弱いような問題もある。
      • 溝上先生
        • 個人的には学力差(ディバイド)は拡大すると考えている。社会性の問題、関係性の問題が今後クローズアップされてくると思う。
        • 自分は青年心理学が専門なので「発達」が研究テーマである。大学生になってから急にできるようになるかどうかは大学教育の課題である。高校段階で実証分析を行うと、高校段階でも主体性を身につけている生徒は少ないのでは。京大生でも処理能力は高いが、対人能力に問題があるので採用されない学生もいる。そういうことは非常にもったいない。これはどのレベルの大学でも起こりうることであり、個別の大学でも課題はあるので、どこに課題設定をして学生を育成していくかが大切。
        • 理系からアクティブラーニングが発生していることは案外理系の教員は知らない。 専門職として仕事をするとき、ひとりで仕事することはあり得ない。他者と協働することは必要不可欠なので、理科系だからできないということはない。
    • 立教大のBLPで学生が楽しいと感じているのはPBLだけではないのか?
      • 日向野先生
        • PBLではなく論理を学ぶスキル系の授業は必修ではないが、履修者は増え続けている。企業からの課題に対するプレゼンに対して厳しい指摘が入る。そこは論理の飛躍などに原因があるため、その重要性を伝えている。出欠、発言などを加味して成績を付けている。
        • リーダーシップの理論については、どれかを使わないとリフレクションできないので、そのことを説明している。まず第一にリーダーシップに関する成果目標を自分が率先垂範して決める。しかし、それで全員ができる訳ではないので、リーダーシップの3条件。企業連携のコツはひとつの大学でPBLをやる場合、教員が交渉するのは非効率である。よって、外部で企業とのコネクションを持ち、調整できる他者と協働した方が望ましい。
    • ラーニング・コモンズを利用している学生の学習成果に関して何か調査をしているか。
      • 浜島先生
        • 教育評価に関しては、学生のヘビーユーザーに対するアンケート調査などは行っている。利用している学生、その他の学生も含めた大規模アンケートを実施した。スキル系・学士力に関する質問を織り込んだので、それを分析している。ラーニングコモン ズを利用する学生に関しては学習に関する意識差の格差などは表出してくる可能性がある。自由記述欄を設けたところ、不満が3点上がってきた。
          • メディア環境を充実させて欲しい(性能がいいもの)
          • 全エリアで飲食可能にしてもらいたい(せめて飲料ぐらいは)→学生にしっかり対応策が行き渡っていない?
          • 声の大きさに対する不満(自分たちの話が隣のグループの声でかき消される、勉強したいのに別目的で使っているなど)学習に関する点については、利用者相互で意見交換を促している。
    • 学部間・部署間での連携をしているか。
      • 浜島先生
        • 週1回で情報共有できる場を設けており、スムーズに運営できている。
        • 学部教員に関しては2ヶ月に1回検討委員会を開催しており、教員からの要望を聞く機会を設けている。ただ、それだけでは足りないので、各学部の初年次から卒業 までのカリキュラムの話を聞き、自分たちに出来る支援のあり方などについて意見交換を行った。初年次で学習した内容を忘れている学生に対して、指導できる期間があることはいいとの評価を教員から得ている。
    • ラーニングコモンズにも行きたがらない学生に対する指導はどうしたらよいか?
      • 溝上先生
        • 学生の「面倒くさい」という意見を汲み取りすぎず、教員が求める評価基準に到達することで、枠にあてはめて考えることは必要。ある授業での単位修得条件がある場合、それをしっかり学生に説明して理解してもらえるようにクリアするポイント。京大生はこなすことがうまいので、枠に到達する学習はしっかりやってくるが枠を超えようとしない。そこを超えさせる努力を教員がしている。
        • 伝統的学力が低い学生はそもそも枠にはめられない。教室には来るが、多くの学生(3分の1以上)は学習意欲が低く授業を妨害する。そういった学生を相手に何とかコミット・エンゲージメントさせるかということが大切。例えば映像教材を活用すると、その時はいいが理論の説明になると嫌がる。ディスカッションさせるにしても、頭の中で全然進んでいないような状況はいけない。枠は与えているんだけど、そこに乗ってこない学生が乗ってきたことがある。授業を90分で完結させるのはなく、60分で授業を終了させ、残りの時間で確認テストを行い、リフレクションを行った(よくできましたのハンコを押す)ところ、学生の学習意欲が高まった経験である。そういった教員から認められる、達成感を感じていること自体が少ない。そういう個々の学生に課していくことが学習意欲を生む。
        • 枠を設定して、そこに到達させるための工夫を行っていくかが教員の力量で、これは各大学で異なる。
    • 汎用的なスキルが必要なのは分かるが、教員にそもそも教えられるのか?
      • 日向野先生
        • SAを導入したことでブレイクスルーが起きた。授業の中にFDを内蔵すること。その問いは学生から出てくることに意味がある。学生に対して質問力を育成することの重要性がある。
      • 浜島先生
        • 授業外でのサポートをしているが、学生の質問からどの教員がどういう課題を出しているかは分かる。ある意味、教員の方が汎用力があるという前提に立って話をしているが、学問的な作法に関して最善の部分を意見交換していくか。教員には汎用的能力は備わっているという前提。
      • 岡本先生
        • 汎用的スキルがあるかないかについては、ラーニングコモンズでは教員のやり方に対して意見を述べることはない。もちろんそこが悩ましい部分はあるが、学生にはなるべく色々な先生に話を聞きにいくように指導している。
      • 溝上先生
        • 教員のジェネリックスキルが弱いというのはあると思う。そういう教員がPBLなどをやっていくには研修しかないと思うが、ハイパフォーマーをモデルにするのはよくない。立教の八田さんの話を聞いて感動した。学生調査にしても「役割モデルになる人」があまりにも身近すぎるのが問題であると感じる。

2012年に公表された中教審答申を踏まえ、アクティブラーニングの進展などは各大学で取り組まれていることですが、具体的に何をどこまでやるべきなのか?という点で、先進事例の紹介と意見交換が行われました。なお、大学教育学会の小笠原会長は、2012年に「アクティブラーニングの実施は教員・学生を疲弊されるので、科目数を減らした上で大規模授業を組織化していくことが重要」との指摘をされています。*3
立教大学の日向野先生の発表を聞いていて感じたのは、立教大学経営学部のビジネス・リーダーシップ・プログラムでは、SAを活用したアクティブ・ラーニングの取り組みが紹介されていましたが、学生を授業を創る上でのパートナーとして捉えていらっしゃるのが印象的でした。教職学協働といいますが、授業内だけに留まらず、幅広い展開をされているのだと思います。リーダーシッププログラムを職員にも伝授されているそうですが、これはSDの取り組みとしても興味深いものですね。
同志社大学のラーニング・コモンズの取り組みに関しては、学生の学習支援に向けて部署間が相互に連携する仕組みが作られていることについて、規模の大小とは関係無く連携できる制度に関心を持ちました。私の職場でもラーニングコモンズの設置に向けた検討がようやく始まったのですが、これは是非本学の担当者にも伝えたいなと思った次第です。
溝上先生の講演では、大学設置基準上での「学修」と「学習」の違い、「トランジションの文脈で求められる主体的な学習態度」、「インサイドアウトとしての(主体的な)学習態度=プロアクティブラーニング」など、2012年の「質的転換答申」をより噛み砕いた内容で、非常に分かりやすく整理することができました。また、発表用のスライドをすぐにWEBで公表して下っているのは大変助かります。*4こういった場での発表資料を公表するということは、その後のリフレクションにとっても非常に重要なことですので、もっと様々な場で広がっていけばと思います。(現在はSlideShareのように便利なWEBサービスがあるので。)

また、シンポジウムのコーディネーターを務められた村上先生のファシリテーション力の高さは出色でした。溝上先生が持ち時間を超過してお話されていたのを、プロアクティブラーニングでの説明を引用し、「時間の枠を超える」という風におっしゃって、会場全体が和みました(笑)でも、ああいう大規模な会場の雰囲気を和らげるのは簡単ではないですし、授業でのアイスブレイクなどの手法にも繋がるものだな、と個人的には感心して見ていたところです。

色々と感じることは多かったのですが、アクティブ・ラーニングをどこまでやるの?ということについて、他大学の真似をしてもうまくいかないでしょうね。各大学が、自学の教育にアクティブ・ラーニングをどのように位置づけていくのか、そのことをしっかり捉えていなければ、深い学びには繋がらないだろうと思います。その点を強く意識させられました。
シンポジウムの後は京都ブライトンホテルに場所を移し、情報交換会が行われました。京都の大学の友人とも旧交を温めることができ、充実した1日目を過ごすことができました。次回は2日目の分科会参加報告です。

*1:BLPについて(立教大学経営学部)http://cob.rikkyo.ac.jp/blp/about.html

*2:株式会社イノベスト http://innovst.com/

*3:アクティブ・ラーニングと中教審答申をめぐる高等教育研究者の議論を聞いてきました http://d.hatena.ne.jp/high190/20121226

*4:学修支援なのか、学習支援なのか?−単位制とトランジションをどう折り合わせるか− http://goo.gl/1wLfGJ

大前研一氏の本を読んで「外部から見た大学の姿」を想像してみる

high190です。
たまには自分の読書記録も記事にしたいと思います。友人に勧められた本なのですが、大前研一氏の本を1冊読んでみました。「マネー力 資産運用力を磨くのはいまがチャンス!」という本で、発行されたのは2009年ですから一昔前ではあるのですが、普段は大学や高等教育に関わる書籍を主に読んでいる私にとって、今まで読んだことがなかった分野の本だったので興味深く読むことができました。(Amazonのレビューを読むとなかなか手厳しいコメントもついているのですが)*1
私にとって大前研一氏のイメージは、コンサルタントとして活躍されていたことはもちろんですが、株式会社立大学のビジネス・ブレークスルー大学*2を開設して学長に就任し、全ての授業をインターネットで提供する日本ではまだ珍しい教育を提供しているという印象が強いです。(その他にはサイバー大学があります。この点については「大学職員の書き散らかしBLOG」さんが詳細にまとめていらっしゃるので、そちらも是非ご参照ください)*3この本ではリーマンショック後の今後の個人による資産運用のあり方などについての意見が述べられていますが、その中で教育に関する指摘も何点か出てきます。その部分を読むとなかなか興味深いので記事にしてみました。

マネー力 (PHPビジネス新書)

マネー力 (PHPビジネス新書)

以下に私が読んでいて気になった部分を抜粋します。表現等は私の方でメモをしながら読んでいたため、本文中と異なる場合があります。

  • 自ら能動的に動くこと。自分の足で歩き自分の目で現実を確かめることの重要性。生き残りたかったら能力・技術を学び、進むべき方向を決めて自分で切り開ける人材になること。中国人の姿勢(いい意味で国に対して面従腹背、したたかさ)に学ぶ。
  • グローバルな視野で考えるためにITと英語をマスターする。「世界で通用する人材」の育成に視野を向けていくべき(大学はこの責務を果たしていない)他国の真似をしても二番煎じで終わる。コミュニケーション×リーダーシップ×プラスアルファの能力が求められる。
  • 資産を自分自身で運用するリスクを負って、国に頼らずに生きるすべを身に着けることの重要性。マネー力は生活の知恵で発展途上国の国民の方が、自らを守るために身に着けている。
  • よいものを使えば耐用年数も上がる好循環へのシフト。長期投資と分散投資。資産形成や運用に最適解はあっても絶対解はない。
  • 本来、金融商品である生命保険をお守りだと考えるのは不適切。
  • 道州制の議論は効率性ではなく統治機構の抜本改革。

国に頼ってはいけない、自分自身で考える力を養う…など生き方と資産との付き合い方について触れられた本です。テンポよく読めますので、すぐに読了できるかと思います。
かなりざっくりとした抜粋なのでイメージが掴みにくいとは思いますが、教育に関連する部分では「世界で通用する人材」についての意見が出てきます。大前氏は教育に関する議論として「世界中の人とコミュニケーションが可能で、どの国の人に対してもリーダーシップを発揮することができ、なおかつ余人をもって代えがたいスキルをもつ人材の育成」が必要だと述べています。これは現在、グローバル人材の育成を目的としてスーパーグローバル大学を始めとした高等教育政策にも合致する部分ですが、コミュニケーション、リーダーシップに加えてプラスアルファのスキルを身に着けるということは、昨年10月に私も参加したGreenhorn Networkのシンポジウムで倉部さんが指摘していたことと同じだと気づきました。*4
また、道州制の導入に関する意見では、効率性ではなく統治機構の抜本改革が必要だと述べています。これは現在進められている国立大学改革にも繋がるように感じます。このように、大前氏の本を読んでいて自分なりに感じたことの一番は「大学を巡る状況は少しずつ変化しているが、根本的な部分では2009年頃とさほど変わっていないでは?」ということです。自分自身は大学の現場で働いているので、細かな制度変更などを気にしながら大学を巡る状況も変わってきているように感じますが、大学を外から眺めている人たちからすると、大学は依然として旧態依然として国に守られているという意識なのではないかと思われているのではないでしょうか。自分たちが変わろうとしている姿勢を、大学はもっともっと発信していかなければならないのかも知れません。
その他、気になった表現として「最適解はあるが絶対解はない」という言葉に感じるものがありました。大学で仕事をしていて、どうも絶対解のようなものを探しているような気になる時があります。前例を踏襲したり、何となく他大学でもそうしているから同じような施策を導入したりといったことです。最適解を導くためには自らの手で大学設置基準などの法令を紐解き、自らの足でマーケットからの評価の現実を知るということを、私自身が本当にできているかどうか。個人的にはマネー力を付けることも大切だと思いましたが、先述したような考え方の部分で共感できるところが多かったです。大学や高等教育以外の本から大学を客観視してみることも大切ですね。